明治期商家銅版画資料に関する歴史情報学的研究(三重大学 菅原洋一 2013)

三重大学大学院工学研究科教授 菅原洋一氏が、明治期商家銅版画資料に関する歴史情報学的研究 (菅原洋一 2003) という論文で、明治期に出版された銅版画形式の便覧や商工録をデータ化しています。 このリストに掲載されている銅版画の中には、鞄を販売している店舗の情報も含まれているものと思われ、逐次確認してゆく必要がありそうです。
ただ、内容のチェックは完全では無いみたいで、改めて便覧を確認するとリストに漏れている店舗もあります。

論文によると『銅版画による商家の営業案内の類は、詳細な図像表現の可能な宣伝広告の手段として、明治10年代から30年代にかけて各地で制作され、石版印刷、更に写真印刷の普及によって衰退した。これらは一枚物のほか、「商家独案内記」、「商工便覧」等の書名で編集され、その地域の有力商家を一覧できる場合が多い。』という。
ざっと見た所、カバンを扱っていそうなお店でも、カバンを商品リストとして掲げていない場合もあり、主に「西洋小間物」として扱われていることが多いように思われます。残念ながらカバンという表示は数点ほどでした。面白いことに、大阪で3点、名古屋で1点であり、東京には皆無でした。もしかして「カバン」という言葉を好んで使っていたのは大阪だったのではないでしょうか?

札幌繁栄図録

83コマ目に散嬰堂野原昌三という店舗が掲載されており、そこには取り扱い品目が140個ほど列記されています。
仔細に見てゆくと長唄本からコレラ消毒薬、西洋ソースまでなんでも扱っています。 しかしそのなかで鞄に関係しそうな記述は、 袋物品々 支那革文庫 ぐらいしか見当たりません。他の店舗も、靴の取り扱いは記載があっても鞄は無く、おそらく和洋小間物としてまとめられているものと思われます。

和洋小間物お手遊売捌店
札幌南一條西三丁目三番地 野原昌三
岩内郡御鉾内町 同支店

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803665/83

東京商工博覧絵

上巻の77コマ目、78コマ目に舶来品を取り扱うお店が出ており、お店のイラストの中に洋服や傘などと並んでハンドバッグのようなイラストも見えます。(カゴやツボなのかもしれませんが)
ほかに鞄に近いものを扱っている掲載店をいくつか以下に示しておきます。

各国革類問屋 槌屋治輔 日本橋区元両替町9番地
唐物営業 松屋善八本店 松屋英花堂 本郷区湯島天神甼三丁目三番地 池ノ端仲町通り (上巻77コマ) 舶来品正札附 元祖松屋善八支店 神田区神田錦町一丁目十番地小川甼通り (上巻77コマ)
舶来物卸小売業 松屋萬店 神田区神田鍛冶甼拾壱番地 (上巻78コマ)

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803726/77

当時湯島天神に本店を持ち、神田の錦町と鍛冶町に支店を出しているようですが、松屋デパートとは関係ない模様。

烟草入袋物 喜世留筒 染革靴革 問屋 大和屋藤兵衛 日本橋区通油町拾壱番地 (上巻107コマ)

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803726/107

北越商工便覧 上

論文の中からは見つからないが、お店の看板に「かばん」の文字が見られます。

26コマ目の「西洋小間物卸小賣商 高田横町 神林左右エ門の店先ののれんに、

かはんるい、かふもり傘、くつるい、こまもの、ぼうしるい、おろし、小うり
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1939436/26

と書かれている。また屋根の看板には

革盤 類、蝙蝠傘、靴類、小間物、帽子類、卸小賣

とある。革盤と書かれているのは、割と珍しい例です。

愛知県下商工便覧

取り扱い品目にカバンと書かれている店舗がひとつだけ確認できます。

魚住吉太郎 魚住吉太郎 書写盤、カバン、ゴム引人力車ホロ 名古屋末広町1丁目
28コマ

革提類という表記もひとつ確認できます。

三輪屋 馬渕源六 名古屋 鉄砲町 萬袋物類、洋革類、革鼻緒類卸商

挿絵の中に、看板やのれんが描かれており、そこに

大坂淀屋橋 革提類
紙入烟艸入類 仕入所

と書かれています。大坂淀屋橋から仕入れているということでしょうか。

小間物、西洋小間物、袋物、嚢物といった記述はいくつか確認できる。

伊藤庄八 柏屋 小間物袋物御小売商 名古屋本町5丁目
11コマ

屋号は丸に柏。看板には、櫛、笄(こうがい。かんざしのような髪どめのこと)とあり、のれんには「鼈甲櫛笄替」「珊瑚珠_類」(おそらく珠玉類)、銀かんざし仕入所

梅屋 山中保治郎 西洋小間物商 名古屋玉屋町 14コマ

小間物商だが、隣は同じ店主で菓子商 梅屋として、親玉まんぢうという饅頭やカステイラ等を販売しています。 玉屋町は、現在の丸の内付近です。

尾陽商工便覧

おそらく愛知県下商工便覧と同じ版下だとおもわれますが、

魚住吉太郎 魚住吉太郎 書写盤、カバン、ゴム引人力車ホロ 名古屋末広町1丁目
28コマ

が掲載されています。


三重県名所図絵 附御蔭參宮案内

伊勢新聞社の発行で、三重県内の各市町村の概要や名物を記載したものです。企業名鑑としては使えません。
三重県名所図絵という同じ名前の書籍もありますが、こちらも寺社仏閣、景勝地の案内なので、役に立ちません。


参陽商工便覧

「袋物商」というお店はみつかりますが、カバンは見つかりません。

松坂茂八 萬袋物商 並 履物所 豊橋曲尺手町

挿絵には「袋物類」ともかかれています。曲尺手町(かねんてちょう)は、豊橋市の中心部、豊橋公園前の旧東海道沿いの町として現在も存在しています。

井上信吉 袋物商  岡崎傳馬町上火切

挿絵には「萬嚢物所」ともかかれています。

赤堀兼治郎 萬小間物袋物商 岡崎横丁
銀鉄銅細工所

浪華商工技芸名所智掾

こちらも取り扱い品目にカバンと書かれている店舗がひとつだけあります。しかも武具カバンという他では見慣れない記載です。

川嵜文藏 川嵜文藏 西洋馬具、和馬具、武具カバン 製造商 東区内本町1丁目1番地
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803734


最大効益大阪買物便利

カバンと記載してある店舗が2つあります。

水原源治郎 菱屋 洋靴、婦人靴、手提 カバン 、山海獣毛附革製造処
大阪心斎橋筋博労町南へ入
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803614/78

屋号のマークは、ひし形に上に点。
もう一軒は市原という店。

市原ゆう治郎 V.ITIHARA 「ゆう」の字は攸の下に金
大阪市北久太郎町心斎橋筋北
Kitakiutaromati,Sinsaibasi
暑寒座蒲団
Natsu.fuyu.Zabuton
各国撰製 靴
TOKIE.OSAKA
手提 カバン
TAGUINAKI, SHINA ←類なき品
改良 (柏) ←丸に柏
東京製軽便靴のやまと靴
小賣三分引。_賣此限非ス  ←打売?

86コマ

淡播農商工便覧

神戸近辺以外の兵庫県周辺の便覧です。カバン関係は見当たりませんでした。

商工技芸崎陽之魁

これには、長崎市の商工業者が掲載されています。土地柄、貿易商や商船関係、船具類の会社などが目立ちます。
しかし肝心のカバンの類の記述は見当たりません。せいぜい34コマ目に「袋物」の記述を認めるのみです。

東京小間物袋物傘履物 新聞誌書籍 西洋人医用機器 売捌處 長嵜酒屋町四辻南角 虎與号 安中與兵衛

34コマ

論文には典兵衛とあるがおそらく呉兵衛または、屋号の虎與号の與兵衛が正しい。また、イラストでは虎_号の屋号は判読し難いが、巻末にこの書籍を販売している店舗リストがあり、その中に長崎虎與号と書かれている。

酒屋町四辻南角とあるので、お店の場所もおそらく現在の長崎銀行本店もしくは別館の近くだったと思われます。

商家繁昌中備の魁

文字としてのカバンは確認できないが、小島商事 亀山益造の店先にハンドバッグのようなものが見える


日本絵入商人録

日本絵入商人録は、他と異なり、独特で、外国人居留地の情報をターゲットにしたものです。電信電話の料金等、ほぼすべての情報は英語でも記されており外国人にとっても使えるものを目指していたようです。おそらく居留地の全番地の情報が網羅されているのではないでしょうか。

残念ながら、カバンを明示した箇所は見つかりませんでしたが、この中にある雑貨商や貿易商等がカバンの輸出入を行っていたのでしょう。散髪屋さんとかTailors&Ouffitters等のサービスを行っている人の名前やベーカリーなどもチラホラあり、時代の雰囲気を伺うことができます。


  • 公開日 2021-02-01
  • 最終更新日 2021-02-28
  • 投稿者 太田垣