イギリスのサイトを数サイト追加しました
2012/4/29 18:17:26 by 太田垣ゴールデンウィークは、イギリスのサイトを中心にリサーチしています。
とりあえずは10サイト程度追加しましたが、50サイト以上掲載していないものがたまっています。どこまで掲載できるかわかりませんが、ボチボチ追加してゆきます。
ゴールデンウィークは、イギリスのサイトを中心にリサーチしています。
とりあえずは10サイト程度追加しましたが、50サイト以上掲載していないものがたまっています。どこまで掲載できるかわかりませんが、ボチボチ追加してゆきます。
服装雑貨年鑑は、片桐祐七郎が昭和初期に編集した当時のファッション業界情報を網羅した書籍。 国会図書館でデジタルライブラリーとして閲覧することができる。この年鑑には、各業界回顧という、業界ごとの1年間のトレンド振り返りの章があり、ネクタイ、メリヤス、帽子といったアイテム毎にその動静が書かれている。
今回、国会図書館のデジタルライブラリで、片桐祐七郎が編集した以下の本を閲覧してみた。
編者の片桐祐七郎について、詳しくはわからないが大正時代から広告業界の本を多く残している。
等がある。
昭和13年版は出版されていないのか欠本なのかは不明だが、その出版年であるべき昭和12年(1937年)は、盧溝橋事件、支那事変が起こり、ヨーロッパではスペイン内戦でナチスドイツがゲルニカを爆撃した年でもある。また、軍機保護法や「ぜいたくは敵だ」の国民精神総動員等が行われた年であり、何らかの理由で出版できなかったのではないかと思われる。 また、昭和15年版では社名が東亜服装雑貨商社になっていて、戦時色を思わせる。
昭和7年(1932年)の鞄業界(服装雑貨年鑑 昭和8年版より)
昭和7年は、3月に満州国が建国され、5月に犬養毅が暗殺されるなど、不穏な空気が流れ始めた都市である。
この年の動静として、以下のような記述がある。
もうこの時期には業界ではボストンバッグという言葉が普通になっている。
昭和8年(1933年)の鞄業界(服装雑貨年鑑 昭和9年版より)
前年からの傾向で、箱物が減り、手提げ型のボストンバッグへシフトしている。スーツケースはグラッドストーン型に変わってきているという。この時代のスーツケースというものが、いまのスーツケースと同じイメージなのかどうかは注意が必要であるが、トランクのようなものから手提げのようなものに変わっていると考えたらよいだろうか。
また女性の社会進出によりこちらも「ボストンバツグとグラツドストン及びフアツスナーのついたバッグ」が多く、ハンドバッグの大型化つまり抱え鞄に類似する形が表れてきているとの記述もある。
この年は猛暑だったらしく、女性の夏服は洋装が一気に進んだようで、そのことも女性向けバッグの需要に関係があると書いている。 また、「フアツスナーのついた」ラグビーボール型のバッグやゴルフバッグのようなスポーツ関係のバッグも増えているとも。別途鞄にファスナーが採用され始めた端緒を調べる必要もありそうだ。
素材としては、ピッグスキン(豚革)と鰐革が流行し、押紋皮に飽きた消費者が自然な飴色の豚革を好む傾向にあるという。 色の流行として「淡褐色、淡緑色、銀鼠等が不相変全盛」と書いている。
昭和9年以降はまた後日…
久しぶりにLouis Vuitton関係で検索をかけてみた。
まずは、あまり面白くない動画なのだが、Vuittonバッグの制作風景。途中、モノグラムを型押しする機械が出てくるところがちょっと珍しい。
こちらはより珍しい、Vuittonのトランク制作風景。普通のバッグと違って、木工細工というか、まさに指物というか。
独特の技術集約が必要なんだと思います。
もうひとつ、Vuittonの様々なバッグのシリーズ名を正しくはどのように発音するのかを集めた動画。たとえばAumônière Multicoloreなんて、どう発音するのか、よくわかりませんからね。将来おフランスでたくさん買う時のために、この動画で予習しておきましょう。
さぁ、リッスン&リピート!
音声は私にはどうも人間ではなく、コンピューター合成のように聞こえるのだけど、どうなんでしょう。
「大阪問屋仕入案内 昭和9年版」の鞄の項以外にも、鞄を扱っている会社がちらほらあります。巻末に同業組合の一覧があるのですが、そこには、「大阪鞄商工同業組合 服部作次郎 大阪市東區北久寶寺町二丁目四四 大阪小間物卸商同業組合内」とあります。
つまり大阪の鞄の同業組合は小間物卸の一部が大きくなって独立したような経緯が見受けられます。 ちなみに大阪小間物卸商同業組合の代表者は以下で説明する田中常三郎商店の田中常三郎。
たしかに、このころからすでに南久宝寺町には婦人向け雑貨のお店が集積しているようで、小間物、糸紐類のところには、鞄(おもにハンドバッグ)を手掛けている店がいくつかあります。
◆近江屋商店
営業品目 輸出向、内地向 美術袋物、ハンドバツク 製造卸
大阪市東區南久寶寺町三丁目二四
近江屋商店 草野義之
電話 船場 4362番
振替 大阪48993番
工場 市内東區玉造町四九
取引銀行 三和銀行 船場支店、三和銀行 久太郎支店
ひし形にオーナーのイニシャルY.K。
◆富士屋商店
営業品目 銭入類、手提バック、帯皮類、煙草入、キセル、皮裂製袋物一式
大阪市東區南久寶寺町一丁目
富士屋商店 富士良太郎
電話 船場 2405番
振替 大阪 1129番
取引銀行 三和銀行 船場支店、三井銀行 船場支店
ロゴには、「在庫品豊富 現金安売主義 見本帳入用の方(以下判読できず)…」等と書かれている
■田中常三郎商店
営業品目 袋物問屋
登録商標 末広印 (扇に黒い穴あきの丸)
大阪市東區南久寶寺町3丁目
電話 船場1340番
振替 大阪3043番
■浪速靴鞄製作所
営業品目 ブルドック印 子供靴、婦人靴、学生靴、スリッパ、鞄一式
大阪市浪速区元町二丁目三十一番地
ナニハ靴製造発売元
所主 浪速伊三郎
電話 ?戎2014番
振替口座 大阪55267版
支店所在地 大阪心斎橋筋
大阪市浪速區元町電停角
取引銀行 三和銀行市場橋(塲)支店
十五銀行難波支店
商標は、ひし形にI.N (所主のイニシャルですね)
■山下芳松商店
営業品目 皮靴 紳士、通勤、労働、通学、ベビー、婦人、運動、防寒用、ゴム靴 有料責任保証付長靴、オーバーシューズ、スリッパ、バンド、折鞄、半ゲートル
大阪市住吉區昭和町中三ノ一〇
山下芳松商店
電話 天王寺2887番
振替 大阪44917番
取引銀行
安田銀行船場支店
仝 南支店
三和銀行船場支店
萬年社のデータベースによると、1926年(昭和2年)11月5日の、土陽新聞に祝五十周年記念の連合広告を不易糊工業等と共に出している。
今はどうなっているのか不明。
■梶木商店
営業品目 輸出向袋物雑貨製造卸
大阪市東區博労町一丁目二十一
梶木商店
梶木雅良
電話 船場2313番
振替 大阪13740番
名古屋銀行大阪支店
三和銀行 船場支店
今はどうなっているのか不明。
■矢澤商店
営業品目 弗入、紙幣入、ハンドバツク、抱鞄、名刺入、シガーケース、帯皮、袋物一式
大阪市東區南久寶寺町2丁目
矢澤商店
支店 東京市日本橋區馬喰町
取引銀行 三井銀行 船場支店、三和銀行 船場支店、三和銀行 安堂寺橋支店
めずらしく広告の中に店主や店内の写真が載っている。
今はどうなっているのか不明。
■松田長商店
営業品目 銭入、札入、煙草入、ハンドバック、帯皮、其他袋物一式
大阪市東區南久寶寺町二丁目三〇
松田長商店
今はどうなっているのか不明。