1878年(明治11年)02月14日春日艦ガマ胴乱渡方の件東海鎮守府上申

ガマ胴乱という手提げサイズの胴乱の横幅として、凡一尺二寸位つまり36センチ程度と書かれている。

春第三十二号 カマ胴乱申出
ガマ胴乱 但手提用横幅凡一尺二寸位 一個
右ハ当艦定例費金請取方之節持運方ニ入用ニ付御渡付相成候様致度此段申出仕候也
明治十一年二月十四日 横浜港碇泊 春日艦々長 海軍少佐磯辺包義
東海鎮守府司令長官
海軍少将伊東祐麿殿
 胴乱一箇御渡相成度云々春日艦々長ヨリ前書之通申出候絛御許可相成度造船所ヘ照会済此旨上申候也
十一年二月二十三日 東海鎮守府司令長官 海軍少将伊東祐麿
上申之通
但横須賀造船所ヨリ可受取事
明治十一年二月二十八日

ガマ胴乱但手提用横幅凡一尺二寸位 一個 右ハ春日艦用トシテ渡方之儀東海鎮守府ヨリ上申ニ付聞届候絛於其所渡方可取計此旨相達候也
明治十一年二月二十八日
海軍大輔代理 伊東海軍少将
造船所長 中村海軍少将殿

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  • 公開日 2023-02-25
  • 最終更新日 2023-02-25
  • 投稿者 太田垣