1875年(明治8年)04月12日三井組為換手形 代価異同御問合

第三九一号 一第七一三号
一金子三二三円三六銭
但三井組為換手形
右ハ那勃烈翁加農武門付属品共去三月十七日御引渡ニ付代価書御廻シ相成候末背嚢篇之義革製胴乱ニ為変リ候間代価異同御問合およひ候処送第千三百七十九号を以増減無之旨御回答之趣致承知則合金書載之通差廻候条御落手之上証書御差越有之度此段申進候也
八年四月十二日 西村開拓中判官
小沢大佐殿

文中の「那勃烈」は、ナポレオン、加農武門はキャノン砲のことなので、ナポレオン砲とか四斤山砲と呼ばれる大砲の事だと思われる。背嚢の予定が革製の胴乱に変わったので、金額も変わったのではないかというやりとりのようです。


  • 公開日 2023-02-25
  • 最終更新日 2023-02-25
  • 投稿者 太田垣