明治40年「東京模範商工品録」掲載の鞄関連業者

明治40年6月に出版された「東京模範商工品録」という、 東京の工業製品カタログにいくつか鞄関係の記述がありますので、少し見てゆきましょう。

この本は当時の東京にあって優良な会社をピックアップした企業カタログのようなもので、この本の扉の説明によると、外国人に活用してもらうために、各ページには日本語での詳しい説明のあとに、漢文での記載をつけ、図版や写真を多用してそこには英語でキャプションを付けてあり、芝浦製作所、服部時計店等も掲載されています。

製鞄 松崎製鞄所 浅草区旅籠町1丁目16番地代地河岸

鞄関係でまず目立つのは「松崎」です。「松崎」は残念ながら平成22年に倒産してしまいましたが、約百年に渡り日本の鞄産業のけん引役だった会社です。特に第二次世界大戦前は、北はシベリア、南はジャカルタ方面まで商圏を伸ばしていました。この本には大割のトランクの他、がま口タイプや棒屋根の鞄の写真も載っています。

以下、P75の、松崎製鞄所のくだりを書き起こしてみます。なんとも切れ目のない長文です。

浅草区旅籠町1丁目16番地代地河岸
製 鞄   松 崎 製 鞄 所
長電話下谷 116番

本邦製鞄事業は近來に至る迄微々として振はず、東京市に於
ける製鞄業者は其の數百五十を下らずと雖何れも從來の職人
式手工製作に属し未だ以て我が工業界に特筆推稱するに足る
もの一もあるなし、獨り松崎製鞄所の状況を調査するに同所
は創業以来二十有余年の經歴を有し製鞄の方法全く工場組織
に則り分業法を以て手工と機械の長所を計り作業に要する一
切の原料は直接之を内外市場より購入するの方法を取れり、
今日工業品を工場組織にて制作する事現代文明工業界の趨勢
にして當製鞄所が早くも此の組織を採用せると時期に明敏な
るものと謂ふべく、其の製品の品質優秀なるに比し價格低廉
にして變動尠なく、生産力多大なるに比して製品整然統一せ
る事之れ産業上の原則に適應せる自然の理とす、即ち本所は
同工場の製品を以て東京に於ける製鞄上の模範商工品として
遍く之を世に推稱するに憚らざる也
経済学上生産之原則曰宣由分業之方應其能力是以作
製巧妙價格至廉稱謂文明的業務也松崎製鞄所作製適
此理而原料需産地故比此業者其價低無敢有論其價其
作製可爲商工之模範也

鞄メーカーとして掲載されている会社は、この松崎だけですが、他にもいくつか「袋物」関係で掲載されている会社がありました。

美術革細工 小林商店 日本橋區通油町十一番地

ここは天保年間に皮革関連の商売をはじめ、長崎から入った洋革(金唐革の関係でしょうか)を素材にして様々な皮革細工を創作してきたと書かれています。また解説文には商号を「大藤」、屋号を「大和屋」と称しているとあるので、初代は名前に「藤」がつく人だったのではないかと推測できます。
また、紋革と呼ばれる装飾皮革で名をはせて、海外にも輸出していると書いてあります。

紋革というのは、たとえば東京国立博物館所蔵の赤地唐草紋蒔絵茶色牡丹唐草 裏紺染 に見るように、革に布やカーペットのような文様を描く技術のことのようで、17世紀に西洋から日本に伝わった金唐革などが刺激になり、日本独自に発達した技術だと思われます。西洋ではこれを逆輸入し東洋趣味のタペストリー等に用いたのではないかと考えます。

文中には本所と浅草に工場を有し、内国勧業博覧会で褒状を受けているとも書いてあります。店主は小林藤兵衛で東京袋物皮革製造販売同業組合の副長で、弟の小林良之助は袋物雑貨部を監督していると書いてあるので、いわゆる鞄というよりは女性の持つ巾着袋や煙草入れといった類の装飾性の高い革小物を制作していたものと思われます。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803458/189

袋物 丸嘉 日本橋區若松町二十二番地

丸嘉は、金属彫刻・製作(茶器や金銀製煙管・煙草入れ・金時計等)、婦人用装身具(ブローチや鼈甲の櫛)、袋物と小物雑貨全般を扱っています。
袋物本体というよりは、金銀宝石による装飾技術の面で選ばれたようです。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803458/162

美術袋物金銀小間物 梅屋 沓谷瀧次郎 下谷區池之端仲町十六番地

こちらは享保年間の創業の袋物の老舗。各種博覧会などで受賞歴があり、卓越した技術があることを称賛している。本には、この会社の受賞歴が以下の通り掲載されている。

梅屋 沓谷瀧次郎 受賞歴

博覧会 褒賞 博覧会 褒賞
!第一回内国博覧会 鳳紋賞 宮城県博覧会 二等賞
第二回内国博覧会 二等賞 倫敦衛生博覧会 金賞
東京彫工会競技会 銀賞 東京彫工会競技会 銀賞
巴里万国大博覧会 銀賞 日本美術展覧会 銀賞
第三回内国博覧会 進歩一等 日本美術展覧会 銀賞
シカゴ大博覧会 名誉銅賞 東京彫工会競技会 朧銀賞
東京彫工会競技会 銀賞 富山県博覧会 銀賞

たしかに沓谷瀧次郎の名前は明治初期の博覧会の資料に時折出てきます。梅屋という屋号の老舗だったのですね。


  • 公開日 2016-01-01
  • 最終更新日 2016-01-01
  • 投稿者 太田垣