2008/5/4 16:05:08 by 太田垣
少し前の話ですが、掲示板にいろいろフォローの投稿をいただくACAの長谷川さんのところに遊びに行きました。そのときに見せていただいた資料が「和洋袋物細工新書」著:村井秋翠(忠文堂書店)という和綴じの本。奥附には、大正7年5月23日発行、大正9年4月10日第5版発行とあるので、大正9年か10年に販売されたものと思われます。
内容は、琴の爪入れや巾着、煙草入れといった小物に始まり、パナマ製新障泥(あおり)バッグ、函迫(はこせこ)等の作り方を紹介するもので、本格的な革の鞄の制作テキストではなく、どちらかというと家庭科の教材や主婦の手仕事でできるようなものが収録されているものです。巻末にはすぐに制作できるように型紙もついています。
この本には材料として「東洋パナマ」という言葉が頻繁に出てくるのですが、これは雁皮紙の一種で、当時流行していたパナマ帽の材料として広く使われていたパナマ草を材料としたもののようです。
なお、Yahoo!オークションを村井秋翠で検索したところ、同一の著者でこれの姉妹書と思われる「家庭袋物細工全書」著:中村興湖 村井秋翠(大倉書店)というものが810円で落札されていました。同じく国立国会図書館デジタルアーカイブを村井秋翠で検索したところ「編出袋物細工書 廃物利用」(大正6年)という本等も出しているようだが、どのような人物なのかは不明でした。
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2008/4/20 13:32:39 by 太田垣
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2008/4/16 23:09:51 by 太田垣
「忙しいです」文を読んでいただくのも忍びないので、一つ一つは、ほとんど書き込みネタにもならないような細かい話題ですが書いておきます。
左メニューの下の方にリンクしてある、CORBOのブログの更新が最近頻繁になってきました。
そろそろ今使っているナイロン鞄も寿命が近付いてきたので、次の鞄の物色を始めています。ホグロフスってのはどうなんだろう。あと、最近ネットでよく見かけるのがおじさん向けランドセルみたいな「marsus」というブランドのバッグもあるが微妙なかんじ。Koieとかはちょっとカジュアルすぎるし。
半年もすれば仕事内容がまた変わりそうなので、そのあとぐらいに判断かな。
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22:30:37 by 太田垣
4月は新年度ということもあって、いろいろイレギュラーな行事が入ってきてあわただしいです。そしてなぜか、雑誌の取材が2本も立て続けにありました。ホームページを見ていただき、私が書いた本(すでに絶版)を中古で買って読んでいただき、取材のご連絡をいただきました。
そうこうしているうちに、10日ほど経ってしまったというのが現状でございます(^^;
4月はもうしばらくそんな感じが続きそうです。
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2008/4/5 0:10:57 by 太田垣
明治22年の饗庭篁村の「良夜」に、革提という表現が出てくる。前後の文脈からカバンのような感じであるが、いまひとつ捉えきれない。明治35年の国木田独歩 をはじめ、昭和の初めころまでは、「革包」でかばんという表現を使っていたのがわかる。
それに並行して、宮沢賢治は、大正から昭和にかけて推敲を重ねていた銀河鉄道の夜(1924-1933頃執筆)等では「鞄」という字を使っているし、革トランクという大正10年に上京した際の話も残している。
田山花袋の蒲団(明治40年)では支那鞄、柳行李、信玄袋を分けて書いていることから、この3つは概念的に分けていたことが見て取れる。
良夜 作:饗庭篁村(あえば・こうそん)
初出:1889年(明治22)
予は凱旋(がいせん)の将の如く得々(とくとく)として伯父より譲られたる銀側の時計をかけ革提を持ち、「皆様御健勝で」と言うまでは勇気ありしが、この暇乞(いとまごい)の語を出し終りたる後は胸一杯、言うべからざる暗愁を醸し生じたり。
酒中日記 作:国木田独歩
初出:1902年(明治35)11月 『文芸界』
材木の間から革包(かばん)を取出し、難なく座敷に持運んで見ると、他の二束(ふたたば)も同じく百円束、都合三百円の金高が入っていたのである。
蒲団 作:田山花袋
初出:1902年(明治40)8月 『新小説』
午頃(ひるごろ)に荷物が着いて、大きな支那鞄(しなかばん)、柳行李(やなぎごうり)、信玄袋、本箱、机、夜具、これを二階に運ぶのには中々骨が折れる。時雄はこの手伝いに一日社を休むべく余儀なくされたのである。
執達吏 作:与謝野寛
初出:1909(明治42)年3月14日~17日 読売新聞連載
執達吏は折革包(をりかばん)から書類と 矢立(やたて ) とを出した。
青年 作:森鴎外
初出:1910(明治43)年3月~1911(明治44)年8月 「昴」連載
そこへ純一が待合室で見た洋服の男が、赤帽に革包(かばん)を持たせて走って来た。
風の又三郎 作:宮沢 賢治
初出:1931年(昭和6)年から1932(昭和8年)頃の執筆
もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき、川上から、「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助(かすけ)がかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから佐太郎だの耕助だのどやどややってきました。
海亀 作:岡本綺堂
初出:1934年(昭和9)年8月 『日の出』
僕は美智子の革包をさげ、妹は小さいバスケットを持って、その草市の混雑のあいだを抜けて行くと、美智子は僕をみかえって言った。
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2008/4/2 0:00:30 by 太田垣
兵卒教程にはいろいろあるが、今回デジタルアーカイブでチェックしたのは、明治16~17年ころに出版された、河井源蔵氏が編集したものである。ここに身だしなみとか宿舎の使い方などを説明してある。
兵卒教程 [第2冊]附録 巻之1
河井源蔵編
出版社:東京:有則軒
出版年:明16年~17年頃
デジタルアーカイブの、44コマ目に、被服及装具給与表というのがある。これは兵卒が何を支給されるのかを説明した表である。これによると背嚢そのものは保存期限6年で、背嚢用の厚毛布と寝具用の厚毛布が支給され、背嚢用は保存期限
5年、寝具用は無期限となっている。
被服及装具給與表
品目と保存期限がリストとなっている。
短靴 初年四足、次年ヨリ三足
背嚢 六ヶ年
厚毛布 背嚢用五年
また、50コマ目には、「棚上物品装置 並 棚下物品▲方之図」(▲は「拭」だと思うけど、自信なし)というのがあり、図の一番上、棚の上の荷物を積み上げた一番上に、背嚢が置いてある。画像が暗くてよく読み取れないが、横長で箱状をしており、カブセがついている。
51コマ目には「細密検査の節 寝台上物品装置之図」というのがある。これは、宿舎のどこに何を置くのかを定めた図が前ページにあり兵卒検査のときにはこのように置きなさい、と説明しているもので、ここに、背嚢がベッドの上に置かれているのが見える。
ここでも箱状のものに布製(もしくは革製)のやわらかいカブセがついているように見え、、現代のリュックとはかなり違った形をしている。
あと、本文の方を見てみると、いわゆるQ&Aがひとつ載っている。
問 背嚢及び属具は平常何所に置乎
答 背嚢は棚上に置き属具は破損紛失なき様注意し嚢に入れ定められたる釘に掛け置くべし
この本でわかるのは、明治17年ころの兵卒の装備として「背嚢」が支給されていたこと。この中では「カバン」という言葉は使われていないことなどである。
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2008/3/30 16:47:15 by 太田垣
朝日新聞2008年3月30日朝刊の別冊日曜版Be on Sundayに、グローブトロッターの記事が出ていた。
http://www.be.asahi.com/be_s/s01.html
記事の主体は、福井県坂井市の三軸織ができる特殊な織機で、この織機がNASA等の提案を押しのけてグローブトロッターの新しい軽量スーツケースに採用されたという話である。その陰には繊維メーカー東レ・デュポンの常務理事の努力があり、彼が日本の中小企業が持つこうした超絶技術を組み合わせてスーツケースが生まれたという話であった。
- 東レ・デュポンのアラミド繊維、炭素繊維
- 三軸織の技術を持つ坂出のサカセ・アドテック
- 炭素繊維の軽量容器を製造する坂出の丸八
- レーシングバイクの塗装成型を手掛ける大阪のエー・テック
彼らの技術の結晶でこの5月にグローブトロッターが今までの概念を覆すような超軽量スーツケースをお披露目するのだとか。
実は三軸織を鞄のような日用品に使うことは日本古来から行われており、縄文時代からあったそうだ。特にカゴ等を編んで作るときにはよく用いられてきた。六ツ目籠と呼ばれているものがそうである。
http://meg3epo.craftmax.net/e16574.html
http://www.shushuken.com/as/shop/index.htm
つまり、それ自体はさほど画期的なことではないのだけれど、組み合わせの妙ということなのだろう。
乗り物や移動方法の変化と同様、素材の進歩は鞄の形や使い方に大きな影響を与える。最近ではrimowaのポリカーボネートがちょっとしたムーブメントだったが、今度の超ハイテク素材はどうなるのだろうか。どこでも量産できるというものではないので、注目したいところである。
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2008/3/28 0:00:07 by 太田垣
私のホームページに時々変わったキーワードでアクセスしてくる方がおられます。その中で最近ときどき見かけるのが、「鞄職人四天王」というキーワード。どこかの雑誌やネットでそういう表現をしているものがあるのかなぁと思いつつ、検索してみると、サライ商事のホームページに、そういうキーワードを発見。四天王の一人は書いてあるのだけど、残りの3人が書いておらず、なんだか不完全燃焼気味の気分。
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