07 「鞄」という文字が出てくる明治時代の小説など

明治25年 浦の舎みるめ「鞄」 

この本は、静岡県伊豆国君澤郡西浦村で大和瀬千秋によって明治25年10月に発行された40ページ弱の本である。ざっと読んだところ、小説の体裁をとった旅行ガイドのようなもののようである。熱海、伊豆の宿場町の宿の名前、温泉の効能等が書かれている。

特に鞄に関して何か書いてあるわけでは無いのだが、表紙にはガマ口の婦人向けの手提げカバンがイラストで書いてあり、ひがらがな「かばん」と書いてある。文中にはもちろん漢字で鞄と書いてある。

明治33年 徳富蘆花「思出の記」

日本国語大辞典で初出とされた徳富蘆花の「思出の記」は明治33年3月~明治34年3月の間、国民新聞に1年間連載され、翌年5月に出版されている。徳富蘆花は明治元年生まれ、新聞連載の期間は、明治33年10月に厨子から東京・青山高樹町(現・神宮前3-8-4 外苑西通り、ベルコモンズを少し北に入ったあたり)に移り住んていたようである。

では、都内で鞄を見た可能性があるのかというと少々怪しい。小説は、11章構成で、各章がそれぞれ10~20程度の節に分かれている。問題は、「鞄」の文字が出ている箇所であるが、第3章の第12節。乱暴な推測であるが、新聞への掲載で1章あたり1ヶ月ぐらいをかけていたとすると、5~6月頃であり、おそらくまだ厨子にいたころである。

どこで「鞄」という文字を知ったのであろうか?明治30年には「不如帰」で名声を得ていた蘆花が、横浜や都内のどこかで知ったのであろうか?

この本は、新聞に連載されていたこと、カタカナや時事用語など、全体に新しい言葉が盛りだくさんで、新しさがあったこと、そしてベストセラーとなって特に女性に読まれたことなどから、もしかしたら、鞄という文字に「かばん」という読みを定着させたのは、このベストセラー作家の功績が大きかったのかもしれない。

明治37年 福田英子「妾の半生涯」

今でも岩波文庫などで入手できる、福田英子の「妾の半生涯」の中に「鞄の爆発物」という一節が見つかった。文中では、「支那鞄」という言葉で使われている。明治37年出版の本である。

明治37年 泉鏡花「風流線」

泉鏡花の「風流線」という明治37年頃の小説の中に、「革鞄の中」という一節がある。おもしろいのは革鞄と書いて、革=か 鞄=ばん、とルビが振ってあることである。


そろりと半ば身を起こすと、革鞄を手許へ、四辺をみまわし、ぱくりと開けると、上には地方の新聞紙、ちゃんと畳んだのが八九枚

どうもトランクのようなものを指していたみたいである。

明治38年 羽化仙史「新海底旅行」

明治38年には、 羽化仙史という人が「新海底旅行」という子供向けSF小説を書いており、この中で鞄の中に美女がいたという設定をしている。よほど、美女が鞄の中に入っているという設定が好きだったのだろう、さらに41年には、「死人の執念」という通俗ホラー小説を発表しており、「美女の鞄詰」なる一節を書いている。いずれも人間が入るくらいなので、トランクをイメージしているようである。

ということで、どうも、明治30年代後半頃から相次いで小説の中の小道具として鞄が登場しているようである。

夾板、挟板、kabasの謎

未調査なのが、学者先生が起源だろうと仰っている夾板、挟板、Kabasである。いまだにこの言葉を使った資料に出くわしていないのだ。
しまった、国語辞典でこれを調べるのを忘れた。。

新聞への露出

重要なのが、大衆への浸透度。新聞雑誌でどのように扱われていたのか、当時の新聞をゆっくりと調べてみる必要がある。