06 「言海」に見る「鞄」の記述

「鞄」という文字の初出辞書とされる大槻文彦氏編纂の「言海」から「カバン」の項を引いてみよう。


カバン (名) 鞄 [洋語ナラム]革、布ナドニテ包ミ作レル匣、近年、西洋ヨリ入リ、専ラ、旅行ノ用トス。
出典:『私版日本辞書言海』(第二巻) P207  1889年(明治22年)10月31日出版の複製(大修館書店)

大槻文彦氏は、1847年(弘化4)生まれで、言海を編纂した1889年(明治22)は、42歳だった。彼の父は漢学に通じた儒学者、祖父は蘭学者であり、幼少より漢文詩文を学び、江戸開成所で英学を、仙台の藩校で蘭学と数学を修めている。奥付には、東京府士族大槻文彦 府下下谷区金杉村百三十番地と書かれている。

1875年(明治8年)、明治政府の指示で辞書編纂を行い、9年の年月を要して行われたものの、明治17年に一旦完成した稿本は、出版ならず、明治20年になって文部省に「自費出版するなら原稿を返す」と差し戻され、自費出版したようだ。それが上に示した私版である。(詳しいいきさつは、言海の奥書に書かれているので、閑な人だけ読んでもらいたい。編纂中に家は火事、妻子を病気で亡くすなど結構涙物である。)

「言海」の草稿に「鞄」の文字は無かった

ところで、私版に至るまでの草稿が、稿本として、復刻(原稿を写真撮影したもの)されているのだが、ここで面白いことがわかる。


カバン (名) [洋語ナラム、詳ナラズ]手提ノ革袋ノ名、近年、西洋ヨリ入ル。
出典:『稿本日本辞書言海』(第一巻) P411 宮城県図書館蔵手稿の複製(大修館書店)


なんと草稿では、漢字による「鞄」の説明は無いのだ。しかも、私本では「手提の革袋の名」という曖昧な認識だったのだ。「革、布製で包んで作る入れ物、近年、西洋より入り、専ら旅行用」という、かなり具体的な洋品の認識とはかなり違いがある。

これは推測だが、稿本製作段階では、大槻氏はカバンを見たことが無かったし、自分でも具体的に使っていなかったのではないだろうか。それが、出版前の最終校正までの間で、どこかで現物とその漢字を見て、書き加えたのではないだろうか。

正確なことは、もうすこし調べなければわからないが、

  1. 1875年(明治8年)~1884(明治17年)  基本草稿作成の時期
  2. 1884年(明治17年)~1886年(明治19年)3月19日 再校の時期
  3. 1887年(明治20年)明治政府より出版中止、自費出版許可の知らせ
  4. 1889年(明治22年)1月26日 明治政府より資料が戻り、最終校正、10月31日出版

となると草稿作成の後から最終校正の明治22年頃までのどこかで、「鞄」という文字と現物をどこかで見たはずである。どこなのだろう。新聞や雑誌だろうか。たとえば銀座の谷澤氏の店頭だろうか。

参考:大槻文彦年譜

*言海の位置づけと蒐集語彙の先進性の度合いについての考察が必要。つまりどの程度マニアックな言葉を取り入れていたのか、という問題である。

犬飼守薫著『近代国語辞書編纂史の基礎的研究 ―『大言海』への道―』
1999年3月15日発行 風間書房刊 A5判縦組み p778 18,000円
という本があるようだ。高いなぁ。

上記の言海のほか山田美妙「日本大辞書」、落合直文「言泉」、金沢庄三郎「大辞林」ぐらいをチェックする必要がある。もちろん初出年のチェックが必要。ほかにも大修館書店から出ている雑誌『しにか』2000年3月号(11巻3号)も特集「日本の辞書の歩み――最古の辞書から『言海』まで」が気になるところである。