02 「鞄とバッグの研究」~昭和期最高の鞄ウンチク本

ウンチク本「鞄とバッグの研究」

鞄のウンチクが沢山詰まったマニアな本「別冊 暮らしの設計 No.5 鞄とバッグの研究」(昭和55年 中央公論社)を見てみる。

この本(ムックなので正確には雑誌)は、フォルクスワーゲンの宣伝や鬼平犯科帳研究で有名な西尾忠久氏の西洋研究の余技のような本ではあるが、密度の非常に濃いウンチク本である。古今東西の名著からの引用、各種ビンテージ鞄の写真、有名ブランドへのインタビューなどが詰め込まれているスゴい本であった。(もちろん現在は絶版)

こんなのがムックという売り切りの形態で出版され、今では当然絶版になっているのは非常に惜しい気がする。英語を併記して国際出版してもよいくらいだ。この雑誌にはタニザワ創始者谷澤禎三氏に関する詳細な記事も載せており、そこに鞄という漢字誕生に関する西尾氏の考察も載っている。

ところで同書の冒頭に、「赤ずきんちゃん気をつけて」等で有名な作家、庄司薫氏が、鞄の夢という文章を寄せている。この中に、鞄の語源に関する比較的詳しい説明を書いている。

 面白いのは、この鞄という字が実はいわゆる国字だという点だろう。即ちこの字は、中国では「革つくり」「なめし職人」のことを意味する字であって、日本で言う鞄の意はない。一説によると、中国語の「夾板」(キャバン)という書籍や荷物をはさむ一種の角型トランクの音を借りて、鞄という字を当てた、日本独自の用法だという。

 中国から漢字を輸入して千数百年、今日に至るまで日本人はこの漢字を実に巧く消化し使いこなしてきたものだとつくづく思うけれど、この「鞄」という文明開化期の一種の新造語(または新用法)には改めて賛嘆の気持ちを抱かざるを得ない。

庄司氏のこの記述は、広辞苑等辞書に掲載されている説をベースにしたものだと思われる。そしてそれ自体はなんら問題は無い。ただ、後に述べるように、氏の「国字」に対する解釈が少し広いというところに、やや問題がある。

そして厄介なのは、この本に載っているウンチクを時々ファッション雑誌で見かけることである。実は、私の知る限り、この本以外に、2007年頃まで、鞄に関する総合的なウンチク本はほとんど無かったので、多少勉強しているライターはこの本の情報・知識を下敷きにしているように思われる。つまり、ファッション系の雑誌などで鞄の起源に関して詳しい記述されている場合、この本の解説がベースになっていることが多いように感じる。さもなければ広辞苑等の辞書の説明からの直接の引用だ。

しっかりと文脈を読み取って書けば問題ないところだが、いい加減な引用も見られる。たとえば「鞄という文字は日本で発明された」といった類である。上記文章をよく読めば、「いわゆる国字」とか「一説によると」といった表記があるから、間違っても「鞄という文字は日本で発明された」というような書き方をしないものだが、孫引きあたりになるとそうなってしまっているようだ。

最近では、「鞄の力」というすぐれた鞄ウンチク本が出版されており、かなり詳しい考察が加えられている。こちらについては別に論じよう。

ここはまず、「鞄」が「国字」なのかどうかから検証してみたい。