鞄のオーダーメイド体験記 革ブリーフケース編

かねてから本格的なブリーフケースが欲しいと思っていたので、2002年に、11万円で革のブリーフケースをパターンオーダーしました。これはそのときのオーダーに至るまでの心境とかを含めて書いた、ごく私的な体験記です。

良い職人とめぐり合えば、超有名海外ブランドに決して負ける事の無い立派なバッグが、それらの半分以下の値段で、しかも自分の意のままのデザインで手に入れる事ができます。とはいえ、いろいろ難しいのではないか、と思う人も多いかと思いますので、私の体験をベースに何をどう考えればいいかを書いてみたいと思います。

これからオーダーする方の一助になれば幸いです。

◆そろそろ、きちんとした鞄を買おうか、と思った

サラリーマンとして、10年ばかり仕事をしてきて、ようやく身だしなみとか持ち物とかそういうものが、仕事に微妙に影響してくることを感じ始めました。

20歳代の頃はお金が無いというのもありますが、(ブランド品なんか身につけやがって、ケッ!)という、逆ブランドコンプレックスみたいなのがあったのかもしれません。そもそも、若造の腕に金無垢の時計は似合わないし、有名ブランドのこれ見よがしな鞄も、ちょっと違うような気がしていました。もちろん、普段からそういう人たちと商談するようなお仕事なら別ですが、二十歳代の私の場合は、相手がせいぜい大会社の部長さんクラス。普段は同年代から10歳年上ぐらいの人との付き合いが中心だったので、無理に見栄を張る必要もありませんでした。

しかし、三十歳代に突入し、だんだんと仕事の質が変わってくるにつれ、鞄の中身も整理されてゆき、若い頃のようにごちゃごちゃと何でも詰め込んで持ち歩くようなスタイルではなくなってきました。

仕事がIT産業といっても、なんでもパソコンで解決できるわけではなく、むしろコンピューターに仕事を移し変えるまでのプロセスを紙とペンできちんと整理する事が大事なため、(パソコンも持ち歩きますが)よく書ける万年筆(普段は太さの違うペリカン3本)と、よく書ける紙(普段は黄色いリーガルパッド)が意外と大切だったりします。 リーガルパッドは、アメリカじゃコンビニでも3冊数ドルとかで売っているのに、日本ではやたら高い。

そうなると、はたして二十歳代から持っている薄いヨレヨレのブリーフケースでいつまでも良いのだろうか?ということになってくるのです。

◆機能=機能+社会性

『機能=機能+社会性』とは、一見矛盾した数式ですが。。  

以前は、鞄が鞄として持つファンクションというのは、丈夫だったりきちんとモノを運ぶことだったりという機能に重点が置かれるべきであって、ファッション性の類はどうでもいいと思っていました。しかし、仕事の内容が変わってくるにつれ、鞄にも背広や靴といったドレスコードの一部としてのファンクションがあることがわかるようになってきました。どんなに軽量で丈夫な高機能なバッグであっても、ドレスコードという社会性も考慮しなければ、仕事のシチュエーションによっては、鞄としての機能を果たしきっていない、というわけです。

私の二十歳代は、あまりドレスコードを要求されるようなシチュエーションにいなかったため『機能=機能』で済んでいたのですが、段々と社会性の部分への整合性が求められるようになってきたというわけです。

◆とにもかくにも作ってくれる職人探しが大切

最初のナイロンバッグをオーダーした後も、鞄のリンク集をまとめつついろいろ探していたのは、「肌の合う職人」でした。歯医者さん、弁護士さん、車の修理工場どれひとつとっても、腕のいい職人と肌の合う職人とはちょっと違います。

これも仕事を通して肌で感じてきたことですが、コンピュータソフトやITシステムを構築する場合においても、パッケージを買ってインストールするだけならあまり関係ありませんが、お客様の要望を聞きながらオーダーを受けて作成するシステムの場合、そのソフトの良し悪しよりも、携わるシステム・コンサルタント、システム・エンジニア、プログラマの人格や、モチベーションなどが開発プロジェクトの成否を大きく左右します。

仕事上、他社のシステム開発と競合するばあい、「ソフトの細かい仕様の比較なんかする前に、もっともっと『人』を良く見てもらいたい。」と思う場合が多々あります。優秀なエンジニアでも気難しい人には不向きなプロジェクトもあれば、決して優秀とはいえなくても最高のパフォーマンスを出せるプロジェクトもあります。たとえば優秀なエンジニアを揃えていても、そのプロジェクトのリーダーが彼らから尊敬されていなければプロジェクトはうまくいきません。エンジニアが発注者の産業や特性を興味を持って自発的に下調べする文化があるプロジェクトであれば、ひとりひとりのエンジニアは優秀ではなくても、良いものができあがったりします。

つまり、システム開発においては、オーダーメイドであれば製品以上にシステム開発者(あるいは開発チーム)がキーになるわけです。開発者が持つ考え方、部下との関係、プロジェクトの雰囲気、開発者の価値観、そういったものをもっと大切にしつつ、(お金をやり取りするという)緊張感をもってプロジェクトを共同で進めてゆく気持ちがないとなかなかうまくいきません。

そういう体験を鞄のオーダーに置き換えてみると、鞄のオーダー側が「どこそこのお店では、こういうレアな革素材を使っている」とか、金属部品は全部特注で凄い!」とかという情報を過度に持って絶対視するのは、使い方によっては有害だと思います。 発注者としては、なぜ雑誌で読んだレア素材を使ってみたいと思っているのか、をきちんと伝えておかないと、鞄職人の思想と会うのかどうかがわかりません。特にフルオーダーの特注でやる場合、その職人の「鞄哲学」をどこまで把握したうえでフルオーダーをしようとしているのか、が見えなければ本当に良い鞄は手に入らないと思います。

システム開発の場合であれば、「こういう風に開発したほうがいいと思うんですが」と提案しても、理由もなく「とにかくコレでやれ!」と理由を聞いてくれない場合があります。そうなると開発者のモチベーションは一気にさがって、「ハイハイ、言われた通りやりますよ、やりゃあいいんでしょ」という感じになって、「システムが遅くなろうがどうなろうが、知りませんよ」という感じになってしまいます。鞄職人さんがどうなのかはわかりませんが、やはり感情のある人間なのですから、同じような気持ちになるんじゃないかと推測します。

私たち消費者が一般的な鞄の知識を得るのは、ファッション雑誌ということになります。しかし、雑誌の特集で鞄を取り上げる場合、見栄えの良いキャッチコピーを限られた紙面で表現するために、どうしても紋切り型の説明になってしまいます。たとえば雑誌にひとこと「ブライドルレザーが良い」と書いてあったとしても、その鞄を作っている職人さんの感覚の中では、ああいう場合にこういう条件でこういう作り方をする場合には、このグレードのブライドルレザーをこんな風に使うとよい、という複雑な足し算引き算の方程式が組まれている場合があるわけです。

そういうことを知らずに「とにかくコレでやれ!」というオーダーになってしまうと、きっとよろしく無いのでしょう。

◆個人工房でのオーダー

オーダーをする場合、高級ブランド、高級百貨店でオーダーする方法と、職人さん個人営業の工房にオーダーする方法があります。高級ブランド、高級百貨店でのオーダーは、ネットにはほとんど情報が無い反面、古くからさまざまなお客様に商品を提供しているわけで、安心感があります。手堅くしっかり作ってくれると思います。きっとワニ革のハンドバッグであろうと、ブライドルのダレスバッグであろうと、それに適した職人さんに仕事を振って制作してくれるはずですし、もし品質上の問題があっても百貨店として対応してくれるでしょう。

個人営業の工房の場合は、どうしてもその個人の守備範囲、技術範囲でしか対応できないところが出てきます。たとえば、革や部品の買い付け等も限られた資金の中でやりくりするわけで、いろいろと制約が出てくるはずです。それでも、個人工房でオーダーする意味は、職人さんと直接話ができるというところとか、一緒に作ってゆくという感覚を大切にしたいところ等にあるように思います。

ま、安からぬお金を渡して作ってもらうのですから、消費者として失敗なくやってほしいのであれば、高級ブランド、高級百貨店でのオーダーもよいでしょう。そのあたりはどちらが良いという問題ではなく、価値観の差、好き好きでしょう。

◆オーダーメイド職人に求めるもの

いずれにしても、良い職人さんを個人で探してゆくのはなかなか簡単なものではありません。第一、腕の良い職人さんは表舞台に出て来ません。メーカーが高級品の鞄を制作するために囲い込んでいたりします。本当に良いレストランはグルメ雑誌に載らないように、伝説的な鞄職人さんは、消費者の目には触れにくいところにいるのかもしれません。

たとえば、始終インターネットを更新している鞄職人さんなんかを見ていると、「ネットにうつつを抜かしている時間があれば、ウデを磨いて欲しい」と思ったりもします。(ネットを駆使して情報を収集するという側面もあるし、個人工房であれば営業活動も必要ですから一概にダメとは言いませんが)

ただ、営業というか客とコミュニケーションできない、本当に鞄作りだけを人生に捧げてきたような職人さんは、メーカーにとってはよいのかもしれませんが、私の求めているオーダーメイド職人ではありません。そういう職人さんは、芸術品のような個人の世界で鞄をつくる芸術家か、誰かに仕様を描いてもらって、それを鞄という形に組み上げる組立工の職人さんであり、オーダーメイドという共同作業のパートナーとしてはちょっと辛いものがあります。

だから、まずスムーズにコミュニケーションがとれること、これが第一条件です。

もちろん、客のニーズを的確に捉えることのできるコミュニケーションに長けた営業と、阿吽の呼吸でこれを形に変える職人さん、というスタイルもあるかと思いますが、なかなか出会えません。

それから地理的な問題もあります。やはり工房に行ってコミュニケーションをとらないと、メールではまどろっこしく限界があります。革のにおいや触感、糸の感じ、握り手の構造や、職人の道具への愛着等、「百聞は一見にしかず」です。

次に、年齢ということも多少あります。できれば自分と同年代あるいは、ひとまわり(12歳ぐらい)上までで、良い職人さんがいればいいな、と思ったりします。たとえば、職人道一筋70年の80歳のおじいちゃんにものすごく素晴らしいモノを作ってもらったとして、本当にメンテナンスをしてもらいたいときにこの世にいなければ、意味が無い、と思ったりします。そもそも鞄作りに必要な(?)、世間話の話題も合わないし。

あと、これははっきりとした指標にはならないかもしれませんが、道具の使い方(置き方)や工房の整理整頓された状況なども、参考になると思います。おいしい料理店の厨房は総じてきれいだし、しつけの行き届いた料理人は、どんなに忙しくても包丁をまな板の向こう側に並べて置きます。工房を訪問したときには、そういった雰囲気を感じ取るのも重要だと思います。

何日も前の糸くずや切りくずが床に落ちていたり、接着剤のふたが中途半端に開いていたり、いつも道具を探していたりするような職人さんは、ちょっと不安になってしまいます。(といいながら、会社の私の机の上はいつも悲惨な状況です)

最後に、職人さんには常にチャレンジャーであって欲しいと思います。これは、何度か通いながら雑談をしているとなんとなくわかってきます。高齢の職人さんでも、こんどはこんなのを作ってみたいんだ、と熱く語る職人さんは、いいなぁと思ってしまいます。

人格、年齢、地理、マインドその他もろもろのことをすべて網羅するような職人さんはなかなか見つからないものですが、やっぱり時間をかけて探すべきだと思います。昔と違いホームページを作るのも簡単になってきたので、ネットにもいろいろ職人さんのページが増えてきました。タウンページにもいくつか載っています。

◆コミュニケーション

今回、オーダーをした職人さんとは、リンクをした事がご縁で、1997年にメール交換が始まりましたが、2001年になるまで鞄は1円も何も買わずじまいでした。(後述するように財布と定期入れを作ってもらいました。相当、金離れの悪い客です、私。)

このお店へは何度と無く足を運び、ご主人とお話した時間は延べ15時間ぐらいでしょうか。感覚的なものを大切にするものをオーダーする場合は、この雑談時間はとても重要だと思います。

個人営業、家族営業の工房の場合、1日の来店客数なんて本当に知れています。20分くらい雑談しても、誰にも邪魔されない事が多いです。逆に言うと、その雑談時間は職人さんにとっては製作時間の一部ですからあまり長居をするのはよろしくありません。ですから「密度の濃い会話」ができるかどうかがポイントになってきます。

たとえば初回は、10分くらいで切り上げて2回目以降は数日前に電話で連絡して行くようにすれば、職人さんも時間を調整してしっかり話を聞いてくれると思います。2回目の訪問前にメールで要点を事前に送って置くのも手ですね。

オーダーするときには、作りたい鞄の話も大切ですが、どういう風な仕事/生活をしていて、どういう鞄をどういうシチュエーションで使っているか、といった情報をインプットしてあげることも大切だと思います。鞄を通勤で使うのか、会社のロッカーに置いて営業周りの中で使うのか、車に置いておくことが多いのか等々、職人さんには見えない世界を雑談の中で見せてあげるほうがいいわけです。仕事で使うならスーツ姿で訪問するほうがいいでしょうし、今使っている鞄を持ち込むのも重要です。

とにかく、こちらの制作要望をとやかく言う前に、職人さんの頭の中に「この人にはこういう鞄を持たせてみたい」という想像をしやすくする努力をすべきだと思います。

そうすると職人さんも、自分の得意分野なのか不得意分野なのかがはっきりわかり、不得意分野であれば、それとなく伝えてくれると思います。

◆サンプル集

オーダーメイドをするときに、こちらが知っておいたほうがいいのは、こちらが作って欲しい物と似たものを、過去に作っているかどうか、ということです。職人さんは口では「できますよ」とは言いながら、実ははじめてのチャレンジだったりってこともあります。

大抵の工房には間違いなく、過去の作品を写真に撮った作品集が置いてあります。作品集には、ネットには載せていないような奇抜なオーダーの作品等も沢山載っていて参考になります。それらを作ったときの型紙は、工房に残してある事が多いので、それをベースに作ってもらうときには、型紙を出してきてもらい、実際の大きさを確認するのもいいと思います。

また、職人さんによっては参考資料として、いろんなファッション雑誌の切抜きや有名ブランドのカタログを持っていたりします。あのメーカーの、こういう感じの鞄でもっと大きいもの、というふうに具体的に言えば、場合によってはそういう資料を一緒に見ながらオーダーを進めることができます。

あとは、革サンプル。私の場合、イメージが貧困なのか、小さい細切れの革サンプルはやっぱりイメージが湧きません。大きい革を見せてもらうと、小さな断片とはまた違った感じになります。

◆お店に並んでいる商品を見る

工房によっては、その職人さんのオリジナルデザインの鞄を販売していることがあります。技術力を確認するために、しっかり商品を見て、どういう意図やインスピレーションでその鞄をデザインし制作してみたのかを聞いてみてもいいでしょう。

たとえば端正でクラシックな鞄では、鞄の基礎的な要件を確認します。箱型なら箱状にグラつかずに自立していることが最低条件です。開閉するところは開閉しやすくなっているべきです。そういったところをチェックします。

大きな鞄では、直線において糸のステッチがまっすぐかどうか、縫い目の感覚はそろっているかを確認します。手縫いを自慢しているところでは、その手縫いが美しいかどうかを確認してください。ミシン縫いの方が美しい場合があります。

最後に、すこしデザイン性の高い鞄を見ます。たとえば、革が好きな職人さんはその革の特性を生かした鞄作りをします。革の張りが生み出す曲線美、独特の発色性や質感を生かした形状等に職人さんの個性と工夫が光ります。

そうそう、展示品を見る時には必ずお店の許可を得て触りましょう。できれば職人さんにその鞄を持ってもらい、中を開けてもらい、説明を受けましょう。それは作品に対する敬意でもあります。

◆小物でテスト

 

今回、オーダーをした職人さんの工房を98年(だったと思う)にはじめて訪問したとき、ブライドルレザーで作られた小さな札挟みをお土産(笑)に頂いておりまして、それを1年ぐらい使っておりました。最初は結構革が硬かったのですが、1年ほどすると、体に馴染むような感じになってきました。

それではじめて思いました。ああ、こういう触感が、人を革を使った鞄に駆り立てるんだな、と。 なるほど、良い革はきちんと使ってやれば応えてくれる、という直感も湧きました。次に、2000年の秋に相当複雑な形態の財布をお願いしました。オーダーメイドで4万円程度のブライドル・レザーの財布と定期入れでした。

「鞄と財布は、似たような革製品だけど、本当はミシンから糸から、細かい製法からかなり違うところがある」と財布の専門業者の方にお聞きした事があります。技術的に近いから、作れないことはないけれど、財布の職人さんは鞄を作るのが不得手だし、鞄の職人さんは財布を作るのが不得手です。

だから財布の出来を見てその職人技を見ようというのは無理なことだけど、それでも、作らないで判断するよりはマシなわけです。ちろん、その工房が出している既製品を買ってテストをする、というもの良いと思います。

私の場合はたまたまBREEの財布がご臨終寸前だったので、オーダーの相談を、「財布もできますかぁ~」と、かなり腰を低くして(←メールだから解る訳無いけど)、メールしました。その財布には、ブリーフケース制作で必要なカブセの仕組みが織り込まれています。素人なのでわからないなりにも、そうした部分の縫い方や糸の終端の処理、コバと呼ばれる革の断面の処理がどんな感じなのかを使いながら確かめることができます。

出来上がりで笑ってしまったのは、オーダー時のやり取りの中で「お札は5枚くらい入れます」というふうに答えていたら、ほんとうに5枚でぴったりになるように作られていて、おつりで千円札9枚とかもらってしまうとお札が入らなくなってしまうという問題が発生したこと。これは財布のある部分に予定外の癖をつけることによって回避しました。ある意味オーダーって怖いです。

この財布と定期入れは、9年経った今でも糸切れなどはまったく無く、今でもメインの財布として活躍してくれています。

◆鞄のパターンオーダーで悩む

いよいよ、鞄の話です。

2001年、件の財布を作ってもらったハンドメイドショップが、ネットでのパターンオーダーを公開しました。そのパターンオーダー品が、かねがね作ってもらおうとイメージしていたブリーフケースほとんどそのまま。このページ公開からしばらくの間、何度と無くそのページを眺めながらイメージトレーニングを重ねていました。

まず、色は最初から濃紺か濃緑だと決めていました。茶色や黒はありきたりでオーダーっぽくないし、スーツを着ても多少目立つようなモノを考えていました。もうすこし具体的に書くと、某ブランドのタイガのブリーフケースのイメージで、もうすこし明るいというかカジュアルな要素があってもいいなぁという感じです。

鞄の厚みについては、あまり分厚くなく、ただし、現行の厚さ4センチの薄型ブリーフよりも厚ければそれでよかったので、これもたいしてこだわり無し。

ただ、鞄の持つ存在感に関しては、大事にしたいと思っていました。長年使っても自立はするけれど、厚く堅い革でパンパンに張ったようなテイストは好きじゃない。かといってテレっと自立しないのも困る。その中でクロムなめしの革がいい感じだなぁと思いました。

そしてパターンオーダーの中でどうもしっくり決まらなかったのは、糸の色と内張りの革。悩みを抱えつつ、オーダーのボタンを押しました。

◆ちょいと浮気

パターンオーダーを申し込んだといっても、まだキャンセルのきく状態だったので、オーダーを真剣に悩み始めて、家の近所にある、別のハンドメイドのお店に数回通いました。

実は、そちらでお願いしようかどうか、かなり悩みました。素材のグレードはおそらく同じ、職人暦は近所のほうが長く、値段もそちらのほうがやや安い。家から近いので様子をみることもできる等の利点がたくさんあったからです。実際、いろいろなことを教えていただき、オーダーする上での勉強になりました。

たとえば、「復元力のある革」の話には驚きました。そのお店でタンニンなめしの革で鞄をオーダーした人が、買って3ヶ月目くらいで、砂利の地面にその鞄を落としてしまったそうです。当然、新品同様の鞄には砂粒が食い込み、傷が付き、見るも無残な姿になってしまったそうです。

ところが、1ヶ月ほどすると、砂粒が食い込んで凹みができていた革の表面がほとんど元に戻ってしまい、傷も指先で擦るとほとんど目立たなくなってしまったそうです。で、オーダーした人は嬉しくなって、工房に見せにやってきたというのです。

それを見せてもらった職人さん自身も驚いたらしいです。良い革をしっかりとなめすと、こういう「ちから」を持った鞄ができあがるとか。私には革素材の良し悪しはわかりませんが、そういう「ちから」のある素材で作ってもらいたいと思ったものです。

ただ残念なことに、そのお店はご主人自ら電子メールをされていないので、ちょっと聞こう、と思っても出かけなければならないのが面倒で、元の財布を作っていただいたお店でオーダーしようと決めました。

でも、いろいろ教えていただいたので、そのうちなにかちょっとオーダーしてみたいと思っています。(一応、他人へのプレゼントとして革製筆箱を買いましたが)

◆お店での再検討

出張のついでに、お店に立ち寄り、オーダーの内容を1時間くらいかけて店主と詰めてゆきました。そこでパターンオーダーのリストには載っていない素材などを見せてもらい、さらに悩むことになりました。

革素材の検討

革素材の候補は、革がソフトで傷がつきにくい、フランス製のクロムなめしの革と、パターンオーダーのリストには無かった、ややハードな感じのドイツ製のタンニンなめしの革。

革の種類でおおきく分けて、クロムなめしとタンニンなめしとがあるようです。革の風合いがよく出るタンニンが良いという人もいるようですが、何度もオーダーしてきた人ならともかく、使う側からすればそんなにタンニン至上主義に傾く事も無いかと思います。シロウトが素材や手法に細かく口を出すのは、かえって職人さんの頭の中にあるバリエーションを狭めてしまい、パフォーマンスを落とすと思うからです。

私が質問したのは、たとえば、

  •  
    •  「色や形は違ってもいいので、これと同じ革で作った鞄は置いてありませんか?」
    •  「古くなったり傷が付いたらどういう感じになりますか?表面がひび割れたりしそうな感じですけど」
    •  「こっちは結構柔らかい感じですが、これで自立します?」

というふうな事でした。

こういった質問に対し、同じ革で作ってもらった鞄を見せてもらって、その張り具合や自立の具合などを見せていただいたり、端革をナイフで実際に傷つけたり、そぎ切りしてもらったりして、どういう風な傷の付き方をするのかを見せていただいたり、しました。また、同じ革ではありませんでしたが、古くなるとどういう感じになるか、古いサンプルを奥のほうから出してきてもらったりしました。

いろいろ悩んだ結果、ドイツ製のタンニンなめしの革に決めました。色は緑。

糸の色の検討

次は糸。せっかくオーダーでやるんだから、やっぱりきれいな麻糸のステッチは見えたほうがいい。なにか明るい色で、とは思っていたのですが、これもなかなか決めるのが難しい。悩んでいると、候補として机の上に並べたオフホワイト、イエロー、ついでに黒、緑色の糸をつかって、実際に表に使う端革にミシンをあててもらいました。

これはとても助かりました。コンビネーションが良くわかります。結局、緑の革に黄色の糸という組み合わせにしました。同じ革の鞄でもコントラストの高い糸を使うだけで、随分と雰囲気が違うものです。オーダーするときのデザイン要素として、糸は結構重要だと思います。

錠前の検討

錠前に関してはあまりこだわりがなかったので、結構適当に選びました。

内張りの検討

最後は内張り。せっかくのオーダーメイドなので、ちょっと普通には無いような色を考えたいと思っていました。ただ、パターンオーダーに並んでいた革の中には、これだ、という革がなかったので、あらかじめメールで悩んでいるので訪問したときに相談したい旨を伝えておきました。もしも良いものが見つからなかったらパターンの中にあるアメ色の豚革を張ってもらおうと思っていました。(これはこれで結構綺麗なんですがね)

「ふたを閉じているときはおとなしい濃緑/濃紺のブリーフケースだが、ふたを開けたときにちらっと、普通の鞄と違うことが素人目にも見える何か」ということで「ものすごく明るい系統の色」もしくは「深いマリンブルーみたいな色」がいい、と希望していたところ、職人の奥様が仕入れの時に見つけられていた革がそれに近い感じ。青紫という感じです。もちろんこれもパターン表には載っていない革でした。しかし、肝心の革の在庫量が少なくて、2室あるブリーフケースの内側全体に貼る事は不可能とのこと。

ところが、職人さんからの提案で、「正面から中を覗いて見える部分に青紫の革を使い、見えにくい部分にアメ色の豚革を張りましょうか」ということで決着しました。そんな鞄、たしかに世界に一つしかない。

◆手づくり、手縫いについて

ハンドメイドというのは便利な言葉ですが、オーダーする際には「手作りの鞄」とは一体どういう意味なのかを一度考えたほうがいいと思います。プラスチックの射出成型製品は別として、どんな鞄であっても、完全自動処理でできあがるわけではなく、誰かが手を使って作っているはずです。では、手作りとは何か?

ミシンを使わずに手を使って縫うこと。これは手作りの中でも手縫いという世界で、「手縫い」の鞄はなかなか存在しません。ミシンを使えば一瞬でできるところを、じっくりと作るわけですから、価格の大半が職人の人件費に飛んでいってしまいます。

また、本当に上手な人でなければ、今回オーダーしたようなステッチの目立つ鞄は、縫い目の不ぞろいな見るも無残な鞄になってしまいます。

手縫いでなければ難しい構造の部分は手で縫ってもらい、それ以外は足踏みミシン等を使って、ゆっくり一針一針縫い進んでもらうのが、ベストなコスト・パフォーマンスを叩き出す方法じゃないかと個人的には思っています。もっとお金持ちになれば、総手縫いなんかが良く思えてくるのかもしれませんけど。

◆「待つ」という行為

時間的な流れを整理しておきます。

  • 2001年9月  Webサイトでオーダー依頼のボタンを押す。その際に12月中に仕様決定、1月末頃の制作というスケジュールを押さえてもらう。
  • 2001年10月 こちらの要望や迷っている部分の情報交換を行ったり、ラフスケッチを郵送してもらったり
  • 2001年12月 お店を訪問し、詳細を決定。
  • 2002年1月26日 オーダーが出来上がり、家に到着。

革素材や金具やファスナーなどにこだわって、職人さんに探してもらったり、型紙パターンからの作成ならば、もっと時間が必要でしょう。数ヶ月待つというのは、個人商店にオーダーをするかぎりは仕方ない時間だと思います。複数の職人がいるようなお店で職人を指名せずに作るのであれば、もう少し短い待ち時間で済むでしょう。

値段は、11万円でした。

◆写真(2001年に、鞄が届いてすぐに撮影したもの)
正面から見たところ。濃緑の革に黄色(オレンジ色っぽい)のステッチを入れています。縫うのが上手な職人さんの場合は、こういう風にコントラストを上げた組み合わせをオーダーすると美しいです。直線をまっすぐに縫えているかどうかを、お店に並べている既製品、それも大きいものを見て確認するといいと思います。その分、職人さんも緊張するらしいですが。

写真ではハンドルのところに鍵用の袋を取り付けた紐がぶら下がっていますが、このあとすぐに切って外してしまいました。女の子のハンドバッグなんかで、あれを残したままにしている人がいますけど、なぜなんでしょうかねぇ。

自立すること、へなへなでもなく、パンパンに張った硬い感じでもなく、という要望に応えていただきました。鞄の厚さは、4センチ+4センチ=8センチです。ステッチも綺麗に見えて嬉しいです。

 

 

 

横から見たところ。革の表面の様子が良くわかると思います。手作りの鞄制作について、その丁寧さの説明としてコバの処理にどこまで手をかけるか、美しく仕上げるかというのがあります。

つまりこういうふうに革の断面を見たときに、いかに綺麗に処理されているかが、ハンドメイドの革製品を見立てるときのひとつの判断材料でもあります。あと、分厚い革がばらばらにならないようにしっかりと縫っていることもわかります。
また、革の表面の様子もこの写真が一番わかると思います。プロはこの写真だけで、どこのメーカーのどういう革なのかわかるんでしょうね。あと、右下に見えるYKKのファスナーは、背面のポケットです。

 

 

 

 

普通の人が見ても、オーダー品だと一発でわかる色遣いです。写真を見るとそうとう悪趣味な色ですが、写真では光の加減で紫色が強く出ています。実際はもうすこし青っぽい感じで結構きれいな配色です。