月別アーカイブ: 2013年6月

謎のカービング~林コレクション~

再び、林コレクションから

明治初期頃の小さな箱型鞄によく見る意匠は下記のようなものです。

技法的には、模様の部分をへこませています。

この意匠についてもどこにオリジンがあるのか不明なのですが、よく見かけるデザインです。そしてこのようなつくりはさほど難しくはありません。

古い鞄 ~林コレクション~

一方、林コレクションの中で、謎の鞄があります。下記を見てください。制作時期不明です。
20130615hayashi_collection (17)

左右に見える革ベルトはダミーで、心材の上に革ベルトをまわし、その上からさらに革をまいている凝った作りです。錠前部分は、革の文様の細かさや優美な曲線に似合わないシンプルかつシャープな形状で、斜めに面取りがしてあり、あまり見かけないタイプです。
20130615hayashi_collection (46)

糸で縫ってあるうえに鋲で止めてあるというつくりにも目がゆきます。

そしてもっとも不思議なのが革に刻まれた文様とその技法です。

下記のように子供が見えます。おそらく天使ではないかと思われます。しかも、先の鞄と違い、浮かし彫りとでもいうのでしょうか?背景をへこませています。

 

20130615hayashi_collection (28)
こちらには翼をもつ成人の顔が…。

ガーディアンとかそういうものでしょうか?そちら方面はあまりよくわかりません。
20130615hayashi_collection (29)
写りが悪くてよくわからないと思いますが、下記の真ん中からやや左にある花の下に足が見えます。そして花の上には翼がみだりに広がり、人の顔が上を向いています。黒い手が上に伸びていて、植物の弦のようなものを持っています。

20130615hayashi_collection (37)

はたして誰がこのような意匠を好んで彫ってもらったのでしょうか?そもそもこの鞄は、日本製なのか外国製なのか、そしていつごろのものなのか。よくわかりません。とても不思議な鞄です。

 

6/23 追記

平野英夫氏編の「嚢物の世界」という本によると、これは「人形手」と呼ばれる意匠で、江戸末期から明治期に日本で好まれた意匠だそうです。

 

 

幕末(?)のカートリッジバッグ~林コレクション~

ご縁あって、日本有数の古い鞄の蒐集家、姫路の林さんのところにお邪魔しました。

いろいろ見せていただいたのですが、面白かった鞄の一つがこれです。

幕末のカートリッジバッグ

 

このバッグの付属品として、的と思われる板が2枚と、錫か鉛の小さな粒(ペレット)がついていました。おそらくは幕末あたりの鉄砲隊もしくは銃器を扱う部隊が使用したカートリッジバッグや修理道具入れではなかったかと思います。ペレットはたぶん修理用に付属していたのではないかと想像します。

革は、牛シボで唐革の手法だと思われます。

問題はこの赤い紋です。おそらく家紋だと思うのですが、家紋のサイトで約4000の家紋をざっと流してチェックしてみたのですが、この家紋は見つかりませんでした。これがわかれば、幕末のどの藩あるいは部隊のものなのか等、ある程度の当りが付き、制作年代も絞れると思います。
カートリッジバッグの家紋(林コレクション)

最上級の家柄であれば金で装飾するでしょうから、この赤い装飾はそこそこの身分の家来のものではないかと勝手に解釈してみたり。八重の桜とかにヒントは無いものでしょうか。

実物を目にすると、いろいろ疑問がわいてくるものです。

 

#追記

早速、ある方から「割梅鉢ではないか?」とのご指摘がありました。ネットで調べてみると、家紋帳などにも載っていないマイナーなものだとわかってきました。

参考:割梅鉢(軸付き)

http://omiyakamon.co.jp/kamon/wagaya/03.html

 

 

 

 

大阪屋幸島市右ヱ門(姫路革文庫と算盤と柳行李)

明治18年『東京商工博覧絵 下』 77コマ目 大坂屋市右ヱ門(国立国会図書館デジタル化資料より抜粋)

明治18年『東京商工博覧絵 下』 77コマ目 大坂屋市右ヱ門(国立国会図書館デジタル化資料より抜粋)

左の資料は、1885年(明18.5)に出版された「東京商工博覧絵 下」の中の1ページです。(著作権的に転載して良いかどうか怪しいので、下記国会図書館デジタル化資料のリンクにアクセスしてください。)

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803727/77

この左ページの大阪屋市右ヱ門の屋号のところに「算盤柳竹合利」と書かれているのがわかると思います。そして、イラストの中にも「姫路革文庫 / 算盤所」と書かれているのも確認できると思います。

いろいろ調べていると「カバン」という言葉は、明治の初期に革製ではなく竹や籐製のものを主に指していたのかもしれない、という感覚が強くなってきて、調べているうちにこれに行きついたものです。時期も明治18年というタイミングも絶妙なのです。

この大阪屋幸島市右ヱ門、江戸時代の資料では傘の小売業が主だったようですが、この時期には、文庫と算盤と柳行李が主力商品になっているようです。この5年後の1890年(明23.7)出版「東京買物独案内:商人名家」でも、同じように書かれています。(竹行李は信濃陸中産、文庫類は姫路の他西京のものも扱っているようです)

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/803720/101

 

姫路革文庫は兵庫県姫路の特産、算盤は兵庫県小野市の特産、柳行李は兵庫県豊岡市の特産。和傘の原材料は主に紙と竹ひご、そして木でしょうから傘の仕入れルートから柳行李(資料では合利となっています)等が買い付けられるようになっても不思議ではありません。

東京買物独案内には革文庫と算盤と柳行李を扱っている店がもう一店あります。大伝馬町2丁目の菊屋浅野三次郎という店で、そろばん、鞄、姫路革文庫、柳行李を扱っているのが確認できます。この店は学校の体操用器械まで扱っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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