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マルエム松崎の倒産(つづき)

■古い資料を救え

松崎の倉庫や事務所の棚の奥深くにいろいろ歴史的に興味深い資料があるはずだ。昔の写真、戦前の鞄の設計図、デッドストックの革や部材、部品、書籍やカタログ類等。これらは貴重な資料でもあるので、もしそれがごっそりと邪魔な粗大ゴミとして捨てられるのであれば、どなたか一声かけてほしい。

■熟練の技術はどうなる

戦前の松崎は社員や職人に対してとても親切で手厚かったという話を聞く。鞄職人の地位は低く、本当に低賃金重労働で小さな借家で一生懸命作っていたという。松崎が抱えていた職人も同様に賃金的には決してよくなかったが、もしものときにとてもよくしてくれたという。そのため松崎お抱えの職人の忠誠心はとても高かったという。

今、そういった戦前を知る職人はもう無くなっているだろうし、そういった話を聞いて仕事をした世代も70歳くらいだろうから、忠誠心がどうなっているのかはわからないが、一肌脱ごうという人はいないのだろうか?

そしてまた、松崎がはぐくんできた無形の技術力が散逸してしまうとしたら非常にもったいない。

■ディスカウントセールはどうなる

ISABUROやボーンフレーム等は今後どうなるのだろうか?
デパートなどで投げ売りが始まるのだろうか?

マルエム松崎の倒産

すでに報道などでご存知の方も多いと思うが、マルエム、ISABURO、BONE FRAME等で有名な鞄の大手老舗メーカー松崎が2010年5月17日に、自己破産を申請した。発表によると従業員は78名だったそうだ。

負債は2010年2月末時点で約12億5000万円と発表されている。

数は少ないが、ブログ等で反応を見ることができる
http://star.ap.teacup.com/kaztnk/312.html

どうやら倒産は社員も知らなかったようで、その日展示会をやっていたとのこと。たしかにこの季節、鞄業界は展示会を開催しているようだ。
http://plaza.rakuten.co.jp/craftwork/diary/201005200002/

来るべきものが来たという感じではあるようだが、この負債額から見て、倒産というのはやや唐突ではないかという見方もある。
http://isola.jugem.cc/?eid=1377

たしかにISABUROのように、それなりに個性の立ったブランドとそれを製造・販売する力はあったわけなので、再生する方法もあったはずなのだろうが、何がそれを阻んだのだろうか。抜けきれない古い体質だったのか、世代交代の失敗なのか、親会社トライアイズになにか考えがあるのか…。

松崎は、1889年(明治22年)5月創業、1929年(昭和4年)5月に法人化した老舗の大手カバンメーカーで、最盛期の1992年5月期のバブル絶頂期には年売上高約250億円をあげていたというが、2006年5月期の年売上高は約74億9700万円に低迷、2009年11月期(決算期変更)の年売上高は約32億2500万円にダウンしていたという。

バブル期の絶頂期を別とすれば、松崎の歴史としてはもっと戦前を掘り起こしてゆくべきだと思う。日本が領土拡張を続け、満州、サハリン方面から南方まで日本人の活動範囲が広がり、鉄道網が整備されるのとともに成長した企業だったといえよう。

1970年代にブランドライセンスを受け国内で量産し、百貨店チャネルでを販売するというビジネスモデルが当たった後のビジネスモデル構築に遅れたというのが率直な感想である。裏返していえば、マルエム松崎というブランドを世界的に高い評価に押し上げるチャンスがあったはずなのに、いつのまにか逃してしまったという感じである。なんとなく顔の見えない鞄メーカーとなってしまったとでも言おうか。

バブル崩壊後、独自チャネルを”ゆるやか”に開拓している間、2000年から2001年にかけて、そごうグループ、マイカルグループを中心とするデパート・大手小売業界の再編成がおこってしまい、一気に経営が悪化、2002年に千葉工場を閉鎖、その後は自力では再生を果たせなかったとみていい。2006年の堀田丸正傘下、2008年のトライアイズ傘下での再生とスポンサー探しをするものの、チャネルやブランドの整理がうまくいったとは思えない。

今から思えば、1980年代から2000年の間に大きく変革すべきだったのだろうが、それができなかったというのが痛い。

松崎の歴史については、楽天アスカShopの鞄メーカー松崎の誕生秘話に詳しいが、そのうちこのページも消えてしまうのであろう。こういう情報は消さずに残してほしいと思う。

沿革
1889(明治22年) 5月24日松崎伊三郎が日本橋馬喰町4-3に松崎鞄店開設。
1897(明治30年) 鞄製造卸専門となる。
1906(明治39年) 大阪・南久太郎町に大阪支店開設。
1929(昭和04年) 5月24日株式会社松崎に改組。
1938(昭和13年) 台東区蔵前1-5-3に東京本社を移転する。
1946(昭和22年) マルエム工業設立。
1953(昭和28年)名古屋支店開設。
1957(昭和32年)柏商店を合併し袋物部門を新設。
1959(昭和34年)松崎産業を合併。
1959(昭和34年) 9月 米国スーツケースメーカー Skyway社と技術提携
1966(昭和41年) 札幌営業所開設。
1970(昭和45年)日本初のABS樹脂製スーツケース発売
1970(昭和45年)世界最初の鞄用電子ロック機構を備えた鞄を発売
1973(昭和48年) 福岡支店開設。
1989(平成元年) 5月24日創業100年。
2001(平成13年) ISABURO1889を発売
2006(平成18年) 堀田丸正傘下で経営再建開始
2008(平成20年) トライアイズが松崎の株式を100%取得し、傘下での再生開始
2010(平成22年) 5月17日自己破産申請

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KANZANブランドはどこにゆく

昨年倒産した東京ラゲージが展開していたKANZANブランドは、今泉に移管されたとの話が掲示板にありましたが、2010年4月30日付で、今泉のホームページに破産手続開始申立のお知らせが載っています。(というか、HPにはその記事しかない)

多くの場合、こういった記事さえ載せずにHPを閉鎖してしまうものだが、商品に関する問い合わせ先を明確にしていたりして、消費者にとっては好感のもてる説明です。

それにしても、KANZANブランドの継承先が斃れてしまうとは、なんとも災難な話です。財務状況が悪い中、KANZANブランドを引き受けようとしたのは、KANZANブランドをテコに企業再生を進めようとしたとも受け取れます。それだけ魅力的なブランド群なのだと考えたくもなります。

さて、新たな問合せ先となっているのが、PIKO等のアパレルブランドを持つ株式会社クリムゾン。もともとはビーチ関連事業での支援企業だと思うので、男性向けのビジネスナイロン鞄ブランドの継承先としては居心地は少々悪そうです。

なんとかいい形でKANZANブランドが残ることを祈っております。

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【本】関西の手仕事

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ようやく入手したので、ご紹介します。タイトル通り大阪近辺の手作りやオーダーメイドに携わるいろいろなお店や職人を取り上げたムック本です。とはいっても、いわゆる重鎮の職人が居並ぶような本ではなく、クラフトやアートの世界とつながりを持っているような若い職人さんを中心に取り上げている。だから、老舗の職人を探そうとこの本を手に取った人にとってはハズレとなる。

「いま欲しいのは、作り手の顔が見えるもの。」というコピーは言いえて妙。どこのだれが作ったのかわからない物に大量に囲まれて暮らしている中で、一つぐらいそういうものがある暮らしをしてみるのもいいと思える。

鞄関係で載っているのは

  • 兵庫尼崎の浜七重さん
  • 神戸元町のTANDEYさん
  • お店を持っていない、PANTALOON+曽田朋子さん
  • 同じく店舗を持っていない、Teha’amana(テハマナ)さん
  • 京都京阪清水五条のRimさん
  • 大阪心斎橋のBAG’n’NOUNさん

など。他に眼鏡、シャツ、うつわ、靴などいろいろ。ガマグチばかり作っているガマグチ職人亀田さんのカクカメという京都北大路の工房なんかは面白そう。京都の茶筒の専門工房、開花堂なんかは知っているが、それ以外はほぼ知らないお店や工房ばかり。それもそのはず、ここ2~3年でオープンしたところが結構多い。さすがはタウン誌が手掛けるムックだけあって情報が厚い。

↓同ムックの兄貴分として、メイドイン関西の”良品案内”と銘打った「関西のクラフト&デザイン」という本もあるそうだ。
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さらに、「東京の手仕事」という本もあるらしい。鞄関係も載っているみたい。
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Twitterのこと

最近、Twitterをとりいれている鞄サイトが徐々に増えてきました。japanbagでもTwitterのリンクを作るべきかどうか結構悩んでいるのですが、いまのところはいらないかなぁ、というふうに思っています。

Twitterは昔(2000年以前)の古き良き掲示板文化を想起します。掲示板の主催者と主宰者を知る近しい人がTweetで緩くつながっているという状態です。Twitterの場合、主宰者が(狭い世界であれ)有名人であることが重要で、そこに人が集まって緩いコミュニティなり口コミの発信源を形成するという性質だと考えます。

ソフトバンクの社長さんやタレント芸人がぽろっとこぼす言葉に反応を返す分には、「マスの反応がわかってうれしい」「あのXXさんが私に反応してくれた。うれしい!」となって、お互い良いのかもしれませんが、この関係ができないTwitterは仲間内の戯言か、あざとい企業広告になってしまうように感じます。

かつて米国の9.11テロのときにブログが活躍したとか、オバマさんがTwitterを巧みに使ったとかという文脈でインターネットのコミュニケーション革命、ビジネス革命のような話題が沸いては消えてゆきましたが、実際に何か変ったでしょうか?芸人は芸を磨き、職人が腕を磨く時間をブログやTwitterに浪費しているとしたらこれは本末転倒でしょう。

独立した職人さんがセルフプロモーションや、自分の考え方を表明する道具として、ブログを使うのは大賛成です。書いているうちに仕事に対する考え方が整理でき、ものごとの本質が見えてくるという場合もあるからです。できればメーカーが発注に出している名もない職人さんにブログを始めてもらいたいぐらいです。(パソコンなんて無理という高齢の方が多いでしょうけど)

ビジネスシーンでTwitterで何かやるとすれば、売れ筋品の在庫情報とか、展示会等のご来店状況とかそういうものを携帯電話から更新するには意味があるでしょう。絶対やってはいけないのは仕事上の愚痴とかを「つぶやいて」しまうことです。

宣伝や集客に使う方法は派手に紹介されていますし、そういう成功例もあるでしょうが、リスクもはらんでおり、(今のところ)懐疑的な見方をしています。

マルエム松崎のドメイン

掲示板でも指摘がありましたが、松崎のコーポレートドメインが変更になっているのには驚きました。会社が存続していれば普通、co.jpドメインは変えないものですが、松崎はmaruem.co.jpをmatsuzaki-kaban.co.jpに変更していました。これは「マルエム」という呼称を捨て「松崎」という名前で行くという心持の表れのようにも思います。

東京ブラウス、濱野皮革工藝、松崎の3つのブランドがトライアイズグループの傘下に入っています。いずれもHPが刷新され、濱野皮革工藝などは楽天市場等での露出が大いに増えました。松崎も一旦は規模を縮小し、赤字不採算部門を整理するようですので、今後の露出が楽しみでもあります。

今日はボチボチ、デッドリンクの整理をしてゆきます。