2012年7月12日放映 カンブリア宮殿「吉田カバン特集」の感想

吉田カバンのデザイン力の強さとかクラチカの店舗運営を紹介するのかと思っていたら、しっかり下町の職人さんの取材をしていて驚き。しかも浅草近辺が多かったように思いますが、結構な数の工房を取材しています。これは見ごたえがありました。

表参道クラチカに並んでいる鞄も、こうした普通の住宅に工房を構えている下町の下請け職人たちがそれぞれの専門分野で技術と知恵で作り上げていっているというのがよくわかります。

ひとつ思ったのは、自社工場を持たず下町の小さな工房、職人を使うというのは吉田カバンの専売特許では無いということ。 むしろ日本の鞄製造の一番オーソドックスな形だと思っていたので、吉田カバンの強みとしてこれが出るのにはちょっと違和感があります。

大切なのは中国等に比べ工賃の高い日本になぜこだわるのか、あるいは価格低下圧力に負けず適正な価格での鞄販売にこだわることができたのか、という部分だと思います。多くの鞄メーカーは中国生産に切り替える中でスタンスを失ったということをもう少し描いてほしかった。

また、国産にこだわっていたメーカーでも、うまくいっていないところはたくさんあります。そんな中でなぜ吉田カバンはこの波を乗り越えることができたのか、村上龍にはスタジオでそこを掘り下げてもらいたかったですね。吉田社長の説明についてはもっともだと思いますが、少々結果論的にも聞こえます。

番組では一切触れていませんでしたが、吉田カバンには、他社に先駆け国際化を模索して失敗した過去があります。 1989年に、台湾のGallant Co.との間でPorterブランドの使用についてライセンス契約を交わしましたが、その後Gallant社がPorter International社となり、台湾でPorterブランドを名乗るようになっていき、台湾の日系デパートでも販売されてきました。

Porter International社は日本以外でのPorter商標の使用権があると主張し、たとえば米国などでは吉田カバンとの間で知財裁判にまで発展していました。つまり冷戦状態が最近まで続いていました。

どうやら4年ほど前にこのあたりはすべて和解し、現在は再びY.P.Iというブランドでコラボレーションを始めるに至っています。Porter Internationalのホームページから少し引用してみましょう。
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Following extensive discussions and meticulous negotiations, PORTER INTERNATIONAL and YOSHIDA & CO., LTD., two independently operating brands, announce today they will join forces to establish a dual-brand strategic alliance to enter the retail market in 2010. This July, Y.P.I. (Yoshida Porter International) concept store, will debut in Tiger City, Taichung, showcasing high quality Japan-made products by YOSHIDA & CO., LTD., and fashion forward Taiwan-made products by PORTER INTERNATIONAL.
(略)
The Y.P.I. concept store will realize the philosophy of “seeking differences, seeking similarities”by unifying both brands’strengths and resources to expand to overseas markets.
(略)
In the future, market management for PORTER will no longer be a single-fought battle. Instead, the dual-brand strategic alliance will utilize competitive strengths from both brands to target selective markets outside of Taiwan and Japan. The team will be in its best position to venture into the future.
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以下に、YouTUBEに掲載されているのがY.P.Iオープニングイベントの様子。吉田社長もなにやら壇上でスピーチしていたようです。たぶん2010年7月のことだと思います。

これに関連しているのでしょう、台湾の夕方のニュースで取り上げている記事もあります。趣旨は「吉田カバンとPorter Internationalが混同されて消費者が困惑していたが3年前に和解して合作をはじめている」というもの。2011年1月23日 東森新聞ETTVでの放映です。

こういう経緯から考えて、つまり、吉田カバンとしては、創業以来ずっと国内一筋というわけでもなく、いち早く海外進出も考えていたのだと思います。しかし1989年といえば当時はまだバブル期に向かって一直線の時代でした。吉田カバン側のビジネス上の契約の甘さなどもあったのでしょう。 結果としてP.I.社にブランドやデザインを横取りされた形になってしまい、海外ビジネスの難しさに直面したのだと思います。 したがって、いわば消極的な理由から、海外生産はしばらく考えず、国内製造で何とかしようという考えに至ったのでは、と考えます。(私の推測がどこまで合っているのかわかりません。多分に想像で書いている部分があります。)

もちろん、その決断が良いとか悪いとかは誰にも言えません。失敗を経験し、それを糧としてビジネスを展開し、判断するというのは勇気のいることですし、現在、対立の時代を超えて再びコラボレーションを進めていることは喜ばしいと思います。ただ、こういった知財問題は決して表に出ないし、それだけに、カンブリア宮殿のような場でこのあたりに踏み込んで、「今はうまくいっている」というふうなまとめ方で紹介してほしかったと思います。

デザインセンターを日本に置き、メディアを通じてブランド力を高めておき、台湾と連携しながら中国のマーケットを狙うというのは、これからの製造業のお手本になるビジネススタイルの一つなんですし。

次に思うのは、今の定番商品を築いたデザイナー山口幸一氏の扱いです。結局30年前の山口幸一氏が築いたデザインが今なお生きていて経営の屋台骨を支えているという事実。それは映画「天国と地獄」で扱われたという事実より、木村拓哉が1997年にラブジェネで使ったという事実のほうが、現在に及ぼしている影響は大きいはずです。

ちなみにFacebookの山口幸一氏公認ファンページには、「くやしい」とのコメントが載っています。
https://www.facebook.com/K.Yamaguchi.Fanpage

少しだけ引用させてもらいます。
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しかし、TANKERもLINERも、すでに発表から30年近くを経たカバンです。日本やアジアで、30年も市場の第一線を走り続けるカバンが他にあるでしょうか?現在も使われるPORTERのロゴも含め、山口さんのデザインの強さ、普遍性をあらわす圧倒的な事実だと思います。

くやしいのは、番組制作側も、まずはそのすごさに気づいてほしかった、着目して取材してほしかったということです。バッグデザイナーの仕事は、ただ紙の上でデザインをするだけではなく、素材のセレクト、縫製の精度含めたトータルプロデュースだと思います。企業体への取材の前に、30年前に、現代に通ずるプロデュースを成し遂げた個人にもぜひ目をむけてほしかったと思います。
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食品でも自動車でも、それを作り上げた優秀な人が一人または何人かいて、世にヒットを打ち出していることがあると思うのですが、 「職人」というワーカーの技術は注目されることはあっても、トータルなデザイン、それも単に型紙を作る力というよりシリーズをディレクションする力とでもいうべきデザイン力が注目されることはあまりありません。 社員の1割近い人材をデザインに充てているという事実から、そのあたりへの切り込みがあってもよかったようにおもいます。山口幸一氏は現役の優れたデザイナーですし、吉田カバンの歴史を語るうえで、氏へのリスペクトがちょっとはあってもよいかなぁと思いました。(まぁ取り上げにくいか)

工場を持たないファブレスなやりかた(あるいは京都のお茶屋方式とも)は、時流にかなっているし、知財と技術継承さえ守れれば景気の浮き沈みに影響されにくい企業経営が可能になるので、良いと思いますが、景気が良ければ外注が膨張して、品質管理が難しく、景気が悪くなれば良い取引先への仕事の発注量も減らさざるを得ないでしょうし、かじ取りが難しい所です。 その辺に関する考え方をもう少し聞きたかったように思います。