「カバン=オランダ語起源説」に関する調査

先日、国会図書館関西館に半日ほどこもって、鞄関係の調べものをしてきました。 大した成果は無いのですが後々のメモのために掲載しておきます。 まず、「カバン=オランダ語起源説」に関してなにかネタは無いかと探してきました。

■オランダ語KABAS

まずはオランダ語辞典を探してみます。図書館には『蘭和大辞典』がありました。これは拓殖大学南親会が1943(昭和18)年に編集し創造社が発行した辞典で、戦後になって第一書房が復刊したものです。

オランダ語というのは、幕末から明治にかけて盛んに研究され、オランダ領東インド(インドネシア)との交易の関係などで第二次大戦中においても研究が進んでいたようです。ただし、戦後はすっかりすたれてしまい、現代においても第二次世界大戦中に編纂された辞書が結構重宝されているようです。

さて、早速カバンの起源になったといわれているKABASを引いてみると、たしかにありました。

 Kabas, v. 手提籠,針仕事嚢; –sen, ov. w.
小偸する、くすねる、かつぱらふ、盗む、こそこそ泥棒する

「小偸」とは、盗むの意味。つまりコソ泥です。 手提籠や針仕事嚢がいかなるものかは即断できませんが、ハコっぽい匂いがします。
しかもあまり大きくない感じです。 旅行用トランクのような感じはしませんし、女性のハンドバッグや信玄袋のような感じでもありません。

では、今度は現代の蘭英辞典をひいてみます。
Cassell’s Dutch Dictionary 38th ed.という辞書が蘭和大辞典のそばに置いてありましたのでこれを見てみます。
なんと、オランダ語でkabasの見出しはありません。

ちなみに英→蘭でBagをひくと、

 (1)znw zak, baal, (wei)tas; vangst, geschoten wild o, tableau o; buidel; uier;
~and baggage  (met) pak en zak;

となっていてkabasにあたるものがありません。 あとでネットで調べたところ、kabasというオランダ語は今でも存在しているのですが、それに該当する現代のkabasにあたる英語はどうやら「shopping basket」のようです。もしかしたら上蓋が無いようなカゴ状のようなモノをイメージした方が良いかもしれません。

…とまぁ、この辞書だけ見ると、オランダ語起源説はどうも怪しげなのですが、ちょっと視点を変えて、鞄ではなく、 幕末から明治初期の軍隊の服装に注目してすこし調べてみたところ、オランダ語起源説も捨てがたいという気持ちにもなりました。結論から言うと、様々な言葉が混在していて混迷を極めているように感じます。

いままで全く検索したことが無かったのですが、幕末歴史マニアとかミリタリーマニアといった趣味の方々が結構ディープな情報をWebで公開されています。彼らの関心は服装や装備なので、鞄となるとちょっとテリトリーから外れるようです。また、幕末の武士の写真なども、鞄等は持っていないものが多いので、実態がわからないというものも多いようです。

■弾薬嚢=パトロンタス

歴史群像編集部の「全国版 幕末維新人物事典」等によると、弾薬嚢、胴乱のことを幕末の一時期パトロンタスと言った時期があるようです。さてこのパトロンタスですが、これがどこの言葉なのかの同定が意外と難しい。

The Dictionary of the Scots Language (DSL) でPatrontashを検索すると、

Patrontas(c)h(e, n. Also: patrin-, padron-, and Paterntash.
[Du. patroon-tasch, Germ. patronentasch, cartridge-pouch or -bag, f. as Patro(u)n(e n.2 Only Sc.]

A case or pouch for holding cartridges.

A black leather bag wherein is ane broydered patrontasch; 1685 Soc. Ant. LVIII. 356.
Two hundered patrontashes for musketts … and two hundered baggonets; 1689 Acts IX. 83/1.
Of the outreikers … who are deficient in payment of the souldiers their patrintashes and bagginets; 1689 Edinb. B. Rec. XI. 272.
The petitioner haveing imployed James Turner cabinetmaker for makeing six hundred patrontashes with belts … the hammermen … have … taken away severall of the stans and other materialls he had; 1689 Reg. Privy C. 3 Ser. XIII. 541.
Padrontash; 1693 Seafield Corr. 126.
That two hundred firelocks and the lyke number of patrontashes be provyded; 1696 Edinb. B. Rec. XII. 193.
And the patrontashes and holsters … are very insufficient being made up with paper; 1706 Melville Corr. 194.

まず、英語のPatrontashは、オランダ語でpatroon-tasch、ドイツ語でpatronentaschであると書いてあります。 そして用例として1685年以下、1706年のものが書かれています。これは古い英語なのでよくわからないのですが、ホルスターという言葉があるので、きっと火器と関係があるものなのでしょう。
一方、オランダ語でpatroon-taschだということなので、ネットでこの言葉を探してみます。するとなにやらオランダの美術館がヒットします。

http://www.collectie.legermuseum.nl/str.hoefer/strategion/i005358.html

上記リンク先には、1820年代の歩兵用Patroontaschがあると書かれていることから、オランダの装備や言葉としても存在していたことが推測できます。

 

■呉絽服連=grof grein

次に、呉絽服連(ごろふくれん)という服地です。呉絽服連とは、羊毛から作った梳毛糸(そもうし)という糸で織った平地の生地のことで、幕末の官軍から明治文明開化の頃に、軍用の制服として用いられていたようです。

今のウールと違って固くゴリゴリした感触だったようで、ゴロとかゴロフク、あるいは黒いものを黒呉絽(くろごろ)等と呼んでいたようです。この言葉の起源が、grof grein(キメが粗い)というオランダ語だそうで、鞄と違ってかなり確定された説のようです。

ただこの呉絽服連を使って作ったマントというかコートを「レキション羽織」と呼ぶのですが、この「レキション」はフランス語のl’equitation 説がしっくりくるようで一筋縄ではいきません。

 

と、今回はここまでにしておきます。