明治風物誌の中の鞄

柴田宵曲という明治の俳壇の人が居て、ホトトギスの編集などをやっていた。この人がさまざまな文人、論客との交わりの中で出てきたエピソードをコラムのような形でまとめた本がある。昭和41年に秋田魁新報に連載されたものを、最近になってちくま文芸文庫が収録した。明治風物誌 (ちくま学芸文庫 シ 22-2)

この中に、鞄に関するエピソードが載っている。おそらく銀座タニザワの話と思われる鞄の漢字の話から始まっている。文庫本で2ページほどの短い文章なので、逐一内容を載せていると単に書き写しになってしまうので、詳しくは本を読んでもらいたいが、ここに載っている話は3つ。

「伸び行く銀座」という冊子に、西南戦争の引き揚げや国会開設時の鞄需要など、当時の事情が書かれているということ。陸奥宗光が明治二年にロンドンで買った鞄を病床で竹越三叉に送ろうとした話が「萍聚絮散記(へいしゅうじょさんき)」という書物に載っていること。寺田寅彦が夏目漱石の鞄を借りて洋行したこと。

旅行鞄の貸し借りって当時から結構やっていたんだなぁと納得したりした。